足つき追跡を命じられたクルーゼ隊

ユーラシア級 ガモフ艦内は 今日も愉快なエリート組のおかげで明るく楽しい





「貴様ぁぁぁぁ!」

MSのシミュレーションに努めるとその隣でそれを見ていたアスランの耳にその怒声は響いた。喧しい。
アスランとは同時にそう思った。響く怒声は間違いなく銀髪の彼のもの。が、煩いにしても度が過ぎる。
鼓膜を刺激するその音量には注意力を欠かれたのか小さく舌打つ。今日のご機嫌は最高潮に悪い。

「・・・イザーク?」

続いて、エア音が鳴りドアが開いた。空気を読めないというべきか、なんと言うか、止せば良いのにと思う。
振り返ると鬼の形相でイザークはを睨みつけていた。だが、因みにの機嫌の悪さは鬼以上だ。
はイザークの存在を完全無視で、至って普通にシミュレーションを続けている。これはこれで酷いな。

「…何だ、貴様も居たのか」

だが、何も酷いのはだけでは無かった。イザークは今回のターゲットのしか頭に無かったようだ。
アスランの声にようやく気付き、フンッと鼻を鳴らして見下すようにその怜悧なアイスブルーの瞳を向けた。
そして、再びの方に向き直ってつかつかと歩み寄ると、その華奢な肩を掴んで「おい」。と、言い放つ。

が、


「ちょっと待って。今忙しいから黙ってて」

しかし、返って来たその容赦ない一言に敢え無く叩き伏せられた。否、イザークは反論しようとはしたのだ。
だが、はやはりニコルと血縁関係にあるだけあり、それなりに結構な辛辣っぷり。口で敵う筈も無い。

!話を・・・「コレ。イザークね」」

言いかけた言葉を見事に遮られ、思わず言葉を呑み込んだイザークは睨むようにモニターの方を見遣った。
そこには機に迫る一機のMS。これがイザークだとは言う。隊長機らしいが、意味が分からない。

(・・・何が言いたい?)

内心 舌打つ

先ほどから相手にされない、の言葉は要領を得ないわでイザークの苛立ちは臨界点ギリギリだった。
歯噛みするように苛立ちを隠せぬまま画面を睨みつける。大体、自分はあそこまで楽観的な策は講じない。


刹那

バァァンッ

イザーク機と称されたソレは一瞬で原型を留めずにシミュレーション上の宙域の藻屑となった。それも一瞬。
幾ら空気を読まないイザークと言えど、流石に明らかなそれくらいは理解できた。というか、正気かこいつ。



「なっ・・・?!」

爆散した機体を呆然と見つめるアスランとイザークは思わず言葉を失う。敵機に反撃の暇を一切与えない。
しかも正確にコックピットを狙った一撃だった。詰まる話、邪魔をするならば自分もこうなると言いたいのか。

((そう言いたいのか?!))

今回だけは綺麗に2人の意見は一致する

現在、クルーゼ隊内で堂々トップガンの称号を得ているのは。女だてらにその実力は賞賛に値する。
負けず嫌いのアスランとイザークでさえ、その実力はアカデミー時代から認めないわけにはいかなかった。
そんなを邪魔するということは、つまり、その身を滅ぼすことと同意であるらしい。仲間にも容赦ない。
2人は僅かに顔色を蒼くした。――末恐ろしい娘だ。無邪気な顔をしてパイロットとしては心底えげつない。



「待たせちゃってごめんね。で、イザーク何か用だった?」

あれから5分ほど経過して、丁度ケリが着いたのか振り返ったはふわりと微笑み振り返る。年相応だ。
その柔和な笑みに絆されそうになりながらも、イザークは本題を思い出した。咳払い一つ、気を取り直した。

「貴様!もう一度射撃で勝負しろっ!今度こそ俺が勝つ!!」

ビシッと正面からを指差し意気込んだように言い放つ。要は前回の射撃訓練での雪辱戦希望らしい。
だが、雪辱戦も何もイザークの連敗はいうまでもない。アカデミー時代から見て通算何勝目だっただろうか。

「え・・・・・・イヤ」

それを考えると、勝負を受けたところでキリが無いのは目に見えている。は簡潔に素早く拒否を示す。
自由時間に勝負を挑まれるよりも、訓練の時に相手した方が時間が上手く使えて有意義だ。故の拒否だ。

「お前…勝ち逃げなど許さんぞ!」

だが、イザークにとってその言葉は気に食わなかったらしく、元々鋭い眼光を更に鋭くしてを睨んだ。
勿論、彼にとって永遠のライバルはアスランもなのだろう。だが、今回は珍しくアスランが2位の座を譲った。
故に順位的にはが1位、イザークが2位、アスランが3位という結果。彼に残るライバルはだけだ。

「だって、イザークそう言って勝った事ないでしょ?って言うか、それって負け犬の遠吠えじゃん」

イザークの悔しがる気持ちが分からなくも無いが、かといって、毎度毎度イザークの我侭に付き合えない。
そこまでとて暇人ではないのだ。面倒くさそうに事実を並べていくとイザークが悔しそうに歯噛みする。

「イザークは犬って言うより猫じゃないか?・・・・・・性格的にしつこいし、執念深いし。」

アスランがに耳打ちする。その言葉には思わず頬を引き攣らせた。それはちょっとばかり酷い。
というか、アスランは本気か冗談なのか。多分、天然なのだと思う。イザークの眉間に皺が数本刻まれた。

「だぁれが負け猫の遠吠えだ、このデコッパチがぁ!」

そして待つことコンマ数秒。やはりというべきかお約束の通り怒声が響き渡る。ですよね。普通に怒るよね。
しかし、返された禁句に今回ばかりはアスランも小さく肩を揺らす。気の所為か、黒い物体が渦巻いている。

「なっ?!俺の何処がデコッパチだって言うんだ?この万年3位のオカッパ頭っ!!」

勢いに任せて椅子を立ち上がったアスランが怒鳴った。どうやらアスランにとってデコッパチは禁句らしい。
いや、でも・・・うん。今のはアスランが悪い。最初に喧嘩を売ったのは言うまでも無くアスラン・ザラ本人である。



「やかましいわこのデコッ!まさか自分のデコ事情に気付かんとはザラ家も落ちたものだな!」
(いや、デコ事情って・・・妙にうまいんですけど)
「うるさい!お前こそ髪型似合ってないのに気付かないなんて・・・エザリア女史も泣くんじゃないか?」
(てか、エザリア様関係ないし)
「何っ?!この髪型が俺に似合わんわけなかろう。俺は何でも似合うんだよ!デコッパチの貴様と違ってな」
(いや、それはどうだろう・・・っていうか、ナルシスト?)
「だから誰がデコッパチだこのオカッパ頭!!」
(君だよ。アスラン・デコ)
「もう一度言ってみろ許さんぞ?!」
(髪型気に入ってんならほっときなよ・・・)
「あぁ、何度でも言ってやるよ!このオカッパ!オカッパ!オカッパっ!!」
(・・・え、っていうか、本当にこの人ら私のライバル?ただのガキじゃね?)
「調子に乗るのも大概にしろよ貴様っ!このデコッパチがぁぁぁぁーーー!!!!」
(あ、キレた・・・)


そして始まるトップガン同士による低レベルな罵詈雑言の口論。仲睦まじいと言えば聞こえは良いのだが。
完全に存在を無視されてしまった、尚且つ、最初から見ていたからすればただのアホにしか見えない。


(・・・子供か・・・)

否 子供よりもタチが悪い

確かこの二人はコーディネーターとして成人してから1年か2年は経過している筈なのだが。まるで子供だ。
男は永遠の子供だなんて誰かが言っていたが、好い加減現実を見て欲しい。自分達はあのクルーゼ隊だ。
しかも、紅服を纏うエースパイロット。なのに、このレベルの低さ。その上それが同期で今の同僚。泣ける。


それから数分後、が笑顔で2人を黙らせたとか――



「好い加減に黙ってくれないかな?2人共」







「あれ?アスランもイザークも何やってるんですか?」


暫らくしてシミュレーションルームに訪れたニコルとディアッカは正座するアスランとイザークを見て目を丸くする。
思わずそう尋ねたニコルだったがその向こうで鼻歌交じりでシミュレーション訓練をしているを見て察する。
どうやらいつもの如く言い合いを始めてマヒトの雷が落ちたのだろう。毎度毎度懲りもせずにご苦労なことだと内心呆れる。

「・・・やめとけ二コル。聞いてやんなよ」
「何言ってるんですかディアッカ。分かってるからこそ敢えて聞いてるんじゃないですか」
「あー・・・ソウデスカ」

そんなアスランとイザークをフォローするようにディアッカはやや呆れたように口を挟んだ。が、勿論確信犯の上での言動である。
ふふっと可笑しそうに小さく微笑んでそう言葉を返せばディアッカは僅かに頬を引き攣らせて視線を逸らせると諦めた様にはき捨てた。


つまる話――喧嘩両成敗



こんなささやかな日常がずっと続けば良い

2010年4月 脱稿