というわけで、気付けばあさきシリーズ第三弾。
この歌は身分差の二人が最終的に入水自殺してしまう報われない歌だそうです。
それでも私はこの二人は幸せだったのではないかなと思ったり。
確かに生きる道から逃げて『共に在る道』を選んだのは卑怯だと思います。
どんなときでも生き続けるべきだと。だけど、幸せの形は人それぞれであるわけで。
この道に幸せを見出した二人からすればそれが幸せだったのかも知れないですね。
2010年4月以前 脱稿
その男は裏社会を統べる最強のマフィアのボスだった。その胸に寄り添う女は末端のマフィアだったのだ。
人知れず恋に落ちた。それは許される事の無いだろう禁じられた愛の形。あまりに純粋過ぎた二人の悲劇。
男と女は手を繋ぐ事も肌を寄せ合う事さえも叶わずとも、互いに強く心惹かれて焦がれる様に求め合った。
されど、幸福にはあと少し手が届かない。いつの世も二人を別てど共に寄り添う事を許しはしなかったのだ。
そんな皮肉な運命の中で男と女は決断した。死なば諸共、いつまでも傍に。それはとても――哀しい決意。
――だが、二人が共に在りたいと願う限り選ぶべき道は一つだけだった。
噴水公園の柱時計を見上げると指針が綺麗に丁度0時に重なりかけていた。間もなく日付が変わるだろう。
公園の花壇の傍にある電柱に凭れて星が燦々煌く夜空を仰ぎ見た。清かに映る月は蒼白くどこか冷たい。
先程から心臓が急かすように早鐘を打ち続け、心臓がドクドクと五月蠅い。同時に、どこか息苦しく感じた。
それを鎮めようと吐き出した息は白く風に流れる。指先が冷たく感じるのは冷え性だけが原因で無い筈だ。
息を吐き出すと同時に肩の力も抜けたのか、張り詰めた糸のように硬直していた身体から力が抜け落ちる。
安心すると同時。途端に真冬の凍て付くような寒さに小さく身体が震えた。もう一度柱時計に視線を向けた。
彼は来るだろうか?
日付が変わる頃にこの場所で、と、二人で約束した。頂点まで昂った状態での、それも誓書も無い口約束。
確証などありはしない。来てくれたならば嬉しい。だけども、心のどこかで来ないで欲しいとも願ってしまう。
そんな自分は我儘だろうか。だけど、簡単に投げ出して許される立場の彼では無いから。自分とは違う。
「・・・・・・・」
時計の針が重なり、日付が変わった。一際強く吹きぬけた冷たい風がぼんやりとしていた頭を呼び起こす。
不意に足音と慣れ親しんだ気配が一つ。周囲を窺う様にゆっくりだが、確実にこちらに近付いて来るようだ。
嗚呼、来てしまった。
そして、少し離れた距離で彼は足を止めた。まるで顔を上げるのを待っているかの様に彼は動こうとしない。
誰も居ない噴水公園の中央で互いに言葉もなく距離を空けて佇む二人の男と女。その光景はぎこちない。
張り詰めた空気の中で女は確かめるようにゆっくりとした動作で顔を上げ男を見遣った。視線が交錯する。
時が止まったような気がした。それは現実におけるほんの些細な時間であることは十二分に理解している。
見つめ合う瞬間はほんの刹那に過ぎない。されどそれは今の彼女にとって永遠に近しい時間を思わせた。
「・・・待たせてごめん」
そう言って、深く帽子を被っていた男は肩を竦めて小さく笑った。見慣れたその笑顔に愛しさが込み上げる。
その言葉にはゆるゆると首を横に振った。そして、綱吉と距離を縮めその胸に甘える様に飛び込んだ。
そして綱吉との距離は零になる。唇を重ねたのはほんの刹那であった。2人の視線が交錯して揺れた。
の頭を撫でる綱吉に自分はおそらく依存に近しい甘えを抱いてるのだろう。それは理解している事だ。
本来なら甘えるなど許される筈無い相手だと知っている。だけど、抱いてしまった感情を殺す術は知らない。
綱吉はマフィアの頂点に立つボンゴレファミリーのボス。方や自分はボンゴレの諜報部の一人でしか無い。
だけど、理屈なんて問題ではなくなっていた。そんな言葉で括れる許容範囲などゆうに超えてしまったのだ。
綱吉の事が愛しくて仕方ない。何年も焦がれて来た。だけど、もう我慢するのは限界だった。愚かなのだ。
それでも構わない。一緒になりたい。目の前で見知らぬ誰かに奪われるなんて御免。ただ、綱吉が欲しい。
「・・・良いの?綱吉」
今更だと内心嘲笑するものの、確認するように顔を上げて綱吉の顔を見遣る。とんだ卑怯者だと苦笑した。
これから起こる事に対する最後の確認である。これを受け入れたらきっともう後に引く事は出来ないだろう。
「・・・・・・いこう。もうリボーン達が気付き始めてる」
是非は応えず、綱吉はの腕を引いて乗って来た車に足を進めた。「ねぇ」、と綱吉に呼びかける零音。
綱吉は腕を引っ張るに一度振り返る。そして言葉を返さずにただ微笑んで見せた。こんな時に卑怯だ。
「!!」
その微笑に思わず言葉を失う。そんな風に笑われたら、言及する事が出来ない。答えたくないのだろうか。
それが大空と呼ばれる所以なのかは分からない。だが、全てを包容するかのような儚い笑みだったと思う。
そうしてこの人は己の運命でさえ受け入れてしまうのだ。そう考えると心が鈍い痛みを宿す。戻れないのだ。
愛すること、愛されること。
ただそれだけで良いと思ってしまったのだ。
車に揺られる事、どれほどの時間が経過しただろうか。人里は慣れた山奥。湖が見える場所で車を止めた。
綱吉は零音の手を引いて車から降りた。最初に視界を掠めたのは頬に当たって溶けた白い牡丹雪だった。
「あ・・・!」
木の枝先を指差してが小さく声を漏らした。そこには蛍が止まり、小さく儚い灯りを灯している。綺麗だ。
その儚さが今の二人の関係を思わせた。ぼんやりと蛍を見つめた。不意に吐いた白い吐息が舞い上がる。
その淡い光に、吐息に、人知れず育んだ二人の絆が走馬灯のように駆け抜けた。
まだマフィアなんてものを知らなかった中学校時代。あの頃は幸せだった。こんな日を予想だにしなかった。
二人はただのクラスメートでしかなかった。きっとリボーンと出会わなければ二人は愛し合う事は無かった。
思えば必然だったのかも知れない。あの日のリボーンとの出会い。そして、零音との出会いも。必然だった。
必然の中で自分達は巡り合い、そして、愛し合った。運命から逃れられないと知ったあの日を迎えた後も。
逃れられないと知った後も、想いを諦めることは叶わずに、人目を憚りながらも逢瀬を重ねた。触れ合えた。
あの日、諦められていたら互いにこんな道を歩まずに済んだのかも知れない。否、この答えに後悔は無い。
だが、自分の諦めの悪さが結果として、愛した彼女さえもこの血塗れた暗黒の世界に引き擦り込んだのだ。
平然と他者を屠り、己が伸し上がる暗黒世界。欺瞞に満ちた冷たく薄暗い世界。このマフィアという世界に。
だが、は一度たりとも辛いと言わなかった。きっと、優しい彼女にとっては苦しい道であった筈なのだ。
それなのに、誰かを傷付け、己の手を汚す事になっても、「選んだのは自分だから」と、彼女は凛と佇んだ。
裏社会で心を壊す事無く居られたのはきっと二人で肩を寄せ合い生きて来たから。だから立っていられた。
たのしかった。
人目を憚っていたとはいえ、それでも、二人で過ごした日々は愛しく楽しかった。幸せだったのだと切に思う。
だがマフィアである限り二人は一緒になれない。自分達が人並みの幸福を掴む事は決して叶わないのだ。
綱吉がボンゴレのボスであり、がその配下で在る限り。二人の淡い思いが決して実る事は有り得ない。
「・・・・・・」
視線が一瞬交わるが自然と二人の視線は逸らされた。垣間見たの瞳は僅かに潤んでいるように思う。
その心は何を考えているのか、綱吉の超直感を用いたとしてもきっと読めない。その心は彼女だけのもの。
二人が選んだ結末が幸福であったのかは分からない。正しいかすら危うい。されど、方法が他に無かった。
こうすることでしか、二人は真の幸福を手に入れる事は出来ないのだと知ってしまったのだ。もう戻れない。
きっと優しい仲間達は悲しむだろう。あの素直ではない家庭教師は人知れず後悔するのだろう。ごめんね。
「は後悔しない?」
寒さの所為か、はほんのりと頬を赤くしながら綱吉の方を見遣る。その瞳に覚悟の色が浮かんでいる。
空いた手を掴んでポケットの中に押し込む。そしてぼんやりと雪に包まれた冬景色を眺めた。あぁ綺麗だ。
この景色ですらもう見ることは叶わないのだと知ると何とも言えない気持ちになる。だが、後悔はしてない。
今ポケットにある小さな温もり。小さな掌。ずっと触れたかったのだ、この手に。この温もりが酷く恋しかった。
されど、今まで交わすことさえ許されなかった温もり。やっと触れられた。ようやくここに還って来られたのだ。
交錯する互いの熱。ただ愛しいと想う気持だけが募った。この瞬間がまるで永遠のように感じられる。刹那。
「・・・・・・」
小さな息を吐き出しながらこくりとが頷く。それは否定ではなく肯定の合図であるのは言うまでもない。
二人の心は一つだ。願うことも辿り着く場所も、そして、求める先も一緒。だから、先に在るものも恐れない。
大きな牡丹雪が降り注ぐとは裏腹に二人の想いは強さを増して昇っていく。それはどこへ行き着くのだろう。
二人だけの思い出が星のように輝いては少しずつ、胸に重なっていく。それはまるで雪のように儚く美しい。
二人の関係がそのままであり続けるならば、それで良いと思っていた。ずっと変わらないままでいたかった。
二人は白雪に染まった景色をぼんやり見つめながら言葉を交わしてた。まるで残された時間を悼むように。
「そうね」
は小さく微笑んだ。そして、瞳から透明の液体が雫となり零れ落ちた。それが何に対するものなのか。
自分達の結末?運命?そんなちゃちなものに対してではない。きっと悲しみではなく喜び。再び結ばれた。
すべてを白紙に戻すかのように選ばれたこの白銀の世界で自分たちは再びこうして触れ合う事が叶った。
「・・・綺麗だね」
そんなの頭を抱き寄せ綱吉が呟く。その言葉に同意するように零音は小さく頷く。二人の心は一つだ。
綱吉が何を言わんとしていることが理解できた。自分とて文句は無い。二人にはこの場所が似合っている。
ねえ、ここがいいね。
言葉にする事無く互いに視線を交わした。小さく微笑み合う。そうだね、この場所が良い。ここが良いんだ。
不意に木の枝に積もった雪が音を立てて地面に落ちた。溶けかけの雪が落ちて来た雪によって覆われた。
舞い散る雪を視界に映しながら、二人でゆっくりと湖に小さな小舟を浮かべた。人二人乗るのが限界の舟。
舟が水面に下りた途端、その振動で波紋が広がり小さく振動した。そして弧を描いて波紋は広がっていく。
「・・・・・・」
静寂に満ちた水面を、流れる景色を見つめるの背中を後ろから抱すくめた。あまりにも突然の行動だ。
驚いた様に最初は身じろぐも、直ぐに慣れたのか、綱吉の手に掌を重ねてその身を委ねる。これはツナだ。
であった頃となんら変わっていない大好きな甘えたでダメなツナのままだ。やっと、ここに還って来られた。
この距離が当り前だったのに。なのに、その当り前があの頃はどんなに望んでも決して届かなかったのだ。
決して英断とは言えない決断ではあった。だが、それがあったからこそ、今こうして、この距離は無くなった。
此処に還るまでとても長かった。たくさんの想い出が胸を駆け抜け綱吉は零音の首筋に顔を埋めて泣いた。
強がりの綱吉が、泣き虫だった綱吉に戻った瞬間だ。
何一つとして想い出は消えない。あんなにも苦痛に感じた日々でさえ懐かしく、そして愛おしい日々だった。
皆でやった花火に、初めて交わした口付け、肝試し。黒曜事件にリング戦や未来での戦い。輝かしい青春。
「私・・・しあわせ、だよ・・・」
綱吉につられて涙を零しただったが、微笑んで言葉を紡いだ。そう、きっとこの人生は幸せだったのだ。
なんて事の無い滑稽な一生だったけれど、それでも、愛おしくて幸せだった。想い出ばかり溢れて来るから。
の言葉は何て事の無いもので、されど、綱吉との間に僅かな隙間が出来上がるには十分な言葉。
初めてのデートに二人で買ったエンゲージリング。突き付けられた現実に二人で朝が来るまで泣き続けた。
だけど、やはり答えは出なくて、ただ互いに求め合った。交わした約束。手を伸ばして追いかけたその背中。
何一つとして、消したくない想い出。
「・・・俺も」
少しだけ顔を離して、両手で挟み込んだの顔をじっと見つめる。彼女が自分が求め続けた相手なのだ。
その瞳から零れ落ちた涙は綺麗だった。それを見て綱吉は堪らず再びの小さな身体を強く抱きしめた。
二人の直ぐ傍を蛍が舞い踊るように飛んでいた。きらきらと輝く儚い光。儚くて、それでいて、酷く美しく思う。
本当に些細なことばかりで決して大きなことではなかった。ど思い返せばくだらなくて青臭い思い出ばかり。
だけど、
幸せの数を数えてみたら指が足りなくなった。
水面に映る星が不意に止まった。波が静まり、舟は湖の中心部でゆっくりと制止する。その場所に着いた。
「「・・・・・・」」
その瞬間は訪れたのだと、綱吉とは互いに距離を置いて顔を見合わした。それは永遠に等しい刹那。
きっと、もう戻ることは叶わない。されど、後悔はない。二人は互いに堅く手を握り締めた。大丈夫怖くない。
そして――
一際大きく水面が揺れて、水飛沫が舞った。波紋に映った月は踊り、舟は登っていた。そして、星が揺れる。
夜空に浮かんでいる無数の細かい星たちがきらきらと輝いて川を描く。まるでささめくように静かに揺れた。
舟の跡でさえ美しく優しかった。湖に張る氷、その氷に映る星が沈んでいく二人の姿をゆっくりと消していく。
薄氷の下に映る影は波間に重なって寄り添いあうように映った。水面に映る月は揺蕩う。星は川を泳いだ。
そして、比翼は星の船を背に乗せて消えた。最期、青年と女が摘んだのは剥がれ落ちた身分差別の名残。
幸せの意味と、水に浸り去る風花を抱いて想う。
『「あなたに会えて良かった」と』
(還る場所が在れば他はなにも要らない)