気分転換にバクホン。
解釈というより妄想小説になった感じが否めませんね。
光は長い時を何度も生まれて、そして消えていく。
光とは人のことなのだと思います。
誰かが居て、自分もいる。そしていつかきっと、自分だけの光を見つけるのではないかな、と。
2010年4月以前 脱稿
人は皆、泣き叫びながらこの世に生を受ける。
そして、
この世に生を受けた後はただひたすら死ぬ為に生き続けるのだ。
定められた生命の中で人は何を得て何を失うのか。
それでも望まずには居られない。
終わりの先に視える永劫消え去ることの無い生れ出る光を――
「矛盾・・・してるよね」
苦笑を浮かべて零音は灰色の空を見上げた。いつの日だったか彼の人と共に仰ぎ見た空。今は一人仰ぐ。
雨粒が彼女の頬を濡らした。雨が嫌いだと呟いたの肩を抱き寄せた存在はもう居ない。別れたきりだ。
もう何度も輪廻を繰り返す中で零音は今も尚、探し続けていた。ずっと昔に触れた温かな光を求めてさ迷う。
まだ見ぬ君へ何から話そうか――この幾度も繰り返された生命の話か。もしくは、悲しみの連鎖を語ろうか。
他人を傷付け傷付けられて、得る為に奪い奪われた日々――この生の中で感じた様々な事を君に語ろう。
彼が現代に存在しているのは分かった。ただ、それが"元親"なのかまでが分からない。それでも会いたい。
元親と出会ったのは今から約500年以上前の事だ。まだ日本が群雄割拠の戦国時代と呼ばれていた時代。
元親は長曽我部軍を統べる大将で方や自分はその最大の好敵手である毛利元就の手駒であり忍びの者。
初めから許される恋でないと知っていた。だけど、最期を迎えるその瞬間でさえも自分は後悔はしなかった。
元親に出会って、そして愛し愛される当り前でほんの些細な幸せを知ったのだ。だから、後悔はしていない。
だけど彼と離れて知った事がある。孤独というものが如何に寂しくて、そして苦しいものであるのか。寂しい。
――ただ、君に会いたいと願う。
「人ってのはよ、生まれた瞬間から死が定められてんだ」 「死ぬ為に生まれるなど馬鹿げている」
の主君である毛利元就を待つ間、長曽我部元親は壁に凭れながら腕を組み天井を仰ぎながら紡いだ。
それが他の誰かならば応え無かっただろう。元就の気配がない事を察してから零音は淡白に言葉を返した。
毛利と長曽我部が同盟を結んでから元親は度々訪れる様になった。そして他愛も無い話をして帰っていく。
その度に主君である元就は嫌々ながらも皮肉を交えて招き入れていた。どこか気を置いていたのだと思う。
そして、元親は元就を待つ間、必ず屋根裏に忍んでいるに話しかける。これまた他愛も無い話ばかり。
「そう寂しい事いうなや」
そう言って元親は豪快に笑った。端から見れば一人で話して一人で笑っている痛い奴にしか見えないのに。
明朗な性格は掴みどころが無くどちらか言うとはこの男が苦手だった。主君が同盟に応じてからもだ。
「事実だ。その刹那に輝きを見出すのか?」
元親の言葉を切り捨てる様には吐き捨てる。武将と忍びは同じ人間であり違う種族だと認識している。
忍びは生まれた時から血に塗れて生き続ける。そして、いつかは己も血に塗れて死んでいく。それが運命。
この世に平等など存在しない。必ずや格差が生まれる。そんな中で唯一与えられた平等な物は『死』のみ。
「アンタほんとに冷めてんな。主君似か?」
鼻であしらう様に嗤った零音の気配を察して元親は僅かに目を細めた。確かにあながち間違ってはいない。
だが彼女の考え方、生き方はあまりに哀しい。こればかりは長く主君に仕えたからというわけでなさそうだ。
苦笑を浮かべた元親に零音は沈黙で応える。近付いて来るちいさな足音から己の主君である事を悟った。
人は何の為に生まれて、そして、何の為に生きるのか。考えなかったわけではない。だけど答えは出ない。
ただ、行きつく考えはいつも虚しい。いつしか、目を背けて探すのを止めていた。――生きることの意味を。
人を殺めて血に塗れ、そしていつか己も血に呑まれて逝く。それが己の存在で与えられた生き方だと思う。
長曽我部元親という男は主君である毛利元就と真逆に位置する存在だと思った。否、それか似て非なる者。
武将としての性質でいうと真逆かも知れない。だけども、その生き方は限りなく近しいとは考えている。
闇に生きる者からすれば武将は光だ。己の信義に従ってそれを追い続ける。潰える事の無い鮮やかな光。
その生き方は素直に賞賛に値する。故に自分は暗闇を照らす光を追い求めてその光に仕える事を選んだ。
「・・・貴方とこうなるとは思わなかった」
薄暗い部屋の中で指を絡められ褥に縫い付けられる。その状況に動じることなくは目の前の男を見た。
元親はこの状況でさえそんな口を聞く忍に小さく喉で笑った。そう思ったのは彼女だけではない。自分もだ。
「その為に俺達は生まれて来たんだろうよ」
目の前で白い素肌を晒すは今まで見た中で一番綺麗だと思った。血に塗れ生きる者とは思えぬ程に。
鼻先で髪を掻き分けて項に口付ける。少し強めに吸い上げると簡単に鮮やかな紅い花が咲きほころんだ。
顔を上げて少し熱の籠った視線で零音を見つめれば、どこか居心地の悪そうに視線を逸らす。喉で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。他人に甘んじて醜態を晒しているだけだ」
どうにもの素直でないのは健在らしい。人が愛し愛される事を彼女はそれは弱さとはっきり言い切った。
だが、そうでないと元親は言う。その情はきっと弱さでは無いのだ。それを求める為に自分達は生を受けた。
人は泣きながらこの世に生を受ける。そして笑って死ぬ為に今日を、明日を生きていく。そして、この恋は。
暗闇の中を走ると元親を照らし出す確かな光。光を求めて、そして掴む。――いつか、笑って逝く為に。
何も手にせずに人はこの世に生まれ落ちる。愛し合う光を見つける為に何も持たない。そしていつか知る。
――命の在り方を。
「・・・っ・・・」
雨は止む事も無く振り続けていた。はその身が濡れるのも厭わず元就に託された書状を片手に走る。
行く手を阻む敵兵や忍びの血に汚れならが足場の悪い地面を蹴った。ズキズキと手負いの箇所が痛んだ。
しかし、は足を止めはしない。最後に主君に託されたこの書状を同盟国の領主に渡す為に走り続ける。
痛みは止まない。それは傷を負った部分ではなく、目の前で命尽かした元就を目の当たりにした心である。
最後の命令を聞く為に零音は走った。たとえ深手を追おうとも足だけは止めない。それが己の使命なのだ。
きっともう長くは持たない。だが、せめてこの書状だけは長曽我部領に持ち込むのだ。後は拾ってくれる筈。
『・・・側室にならねぇか?』
いつぞやに元親がそう言ってくれた事がある。だがその時は忍び風情が武将の側室などと首を横に振った。
嬉しく無かったわけではない。しかし、分相応がある。しかも相手は同盟国とは言えども四国の覇者である。
明らかに分不相応であるのは目に見えていた。それにその言葉だけでも忍びである自分には十分過ぎた。
『貴様が同盟の証よ』
夢とはかくも長く続くものなのか。まさか元就から許可が下りるなんて思いもしなかった。素直に嬉しかった。
だけども十分だと思った。もうこれ以上の高望みは出来ない程に十分過ぎる夢を与えて貰えたと思ってる。
血に塗れた忍びが見るには過ぎた夢だ。その時初めては光を手にしたのかも知れない。幸せだった。
そして――
「・・・いく、よ・・・貴方のもとへ・・・・・・」
必ず。
最後に辿り付いたのは長曽我部領の国境にある一本杉の麓だった。いつの間にやら雨は降り止んでいた。
雲は晴れて穏やかな日溜りがを包み込んだ。ここまで来れば必ず誰か来る。ほら、人の気配がする。
身体の痙攣が止まない。そして、両手足の先から少しずつ感覚が抜け落ちていく。思考と目が霞んでいく。
最期に見た景色はとても美しかった。近い将来、この場所に足を踏み入れる筈だった。此処で共に生きる。
愛しい人と、ずっと、愛して、愛されながら。そのいつかを薄ら夢見た事もあった。きっと、もうすぐ――・・・・・。
もうすぐ、貴方に届くよ。
『雨は嫌いだ。生温い上に身体に貼り付いて気分が悪い』
それは遠く無い過ぎ去った日の話。虹が見たいというを連れ出した事がある。なのに雨は嫌いらしい。
そんな彼女を抱き寄せて「一時我慢すりゃ直ぐに止む」と答えた。思えば彼女は喪失をどこかで畏れていた。
が厭うものは雨では無い。生温さとは人肌のことであり、それが離れる事を畏れた。零音は変わった。
その事実に最初に気付いたのは彼女の主君である毛利元就である。常に目の届く範囲に居たからだろう。
有能な忍びの変化からその関係を察した元就から随分と皮肉られた事は鮮明に覚えている。悪夢だった。
だが気に掛けていた分、彼女の幸せを一番に望んだ。氷の面、冷酷無慈悲の詭計智将と呼ばれた元就が。
――託されたのだ。
『四国はいいところだぜ』
出来過ぎた幸せの形に戸惑うに元親は言った。これからそこで自分は暮らすのだと教え込むためにも。
最初は困惑したように視線を漂わせていただったが、小さく笑みを浮かべて「そうか」と、言葉を返した。
その瞬間にが浮かべた微笑を見て改めて手放したくないと思った。不器用ながらも浮かべた幸せな顔。
が初めて見せた女の顔。
これだけは決して他の誰にも奪わせてはならないと思った。
手折った花はかくも儚い。
これを護るのは己なのだ――と。
「・・・・・・幸せ過ぎる今が怖ろしい」
満天の星空の中で零音はふと呟く。きっとの中でずっと燻り続けていた不安。小柄な肩を抱き寄せた。
横目でちらりとその表情を窺えば彼女の忍び装束に隠れて表情ははっきりと読めない。凛然と佇んでいた。
「私のような輩には過ぎたものだ」と、後に続く言葉はいつもの調子と変わらない。だが、小さく肩が揺れる。
「んなこたねぇよ…過ぎたものなんざこの世に一つもねぇ」
いつもと変わらない調子で言う元親の顔をは意外そうに見遣る。だが直ぐに安心した様に目を細めた。
そしての方から甘んじる様に元親の胸に凭れ掛った。髪を撫でられる感覚に身を委ねながら星を仰ぐ。
「貴方に会えて良かった・・・と、思う」 「素直に良かったって言ったらどうだ?」
どこまでも素直でない零音の言葉にそりゃないぜと言わんばかりに元親が言う。「それ無理」。あっさり拒否。
先の言葉は彼女のなりの精一杯の礼の言葉だったのだろう。元親は小さく溜息を漏らして己も空を仰いだ。
幾億の星の中で巡り会えただけでも奇跡に等しいと思う。ようやく手にした唯一の光。祈らずには居れない。
――この手を離さずにすむように。
「…」
それから暫らくは一本杉の麓で発見された。彼女は書状を抱きしめたまま眠るように凭れ掛っていた。
抱き上げたの亡骸は笑っていた様に記憶している。魂無き器は空虚で元々軽い体が余計軽く思えた。
まるで毛利と長曽我部を別つ様に今回の襲撃は仕向けられた。そして情報が届くのがあまりにも遅過ぎた。
毛利元就が討たれた。虚を突かれたとはいえ足並み乱れた毛利軍は輝元を筆頭に建て直しているようだ。
事情を耳にした長曽我部からも同盟国として補助はしている。しかし、毛利が失ったものはあまりに大きい。
それは毛利軍だけに言えたことではなく元親にも言えた事だ。手の届くところにあった護るべき花が散った。
それは、夜に咲く一輪花――。
人は生まれ落ちた瞬間から死に向けて走り続ける。死ぬ為に人は生きて、そして、いつか、笑って逝くのだ。
されど決して一人では笑って逝けない。何度も輪廻し、そして、いつかその光に辿りつけるまで追い求める。
遥か彼方で光が揺らめき輝く。果てしなく続いてる命の大河を越えてその場所にいつか辿りつければ良い。
そして、その果てで出会えば良い。
「」
呼び声には弾かれたように振り返る。そこに佇む人物を見て驚愕する。だが、すぐに泣きそうに笑った。
やっと会えた、やっと掴めたと、はその腕の中に飛び込む。遠い日に誓った約束を今やっと果たせた。
永い時を経て今――。
「会いたかったよ、元親」
人は皆、泣き叫びながらこの世に生を受ける。そして、生を受けた後はひたすら死ぬ為に生き続けるのだ。
定められた生命の中で人は何を得て何を失うのだろう。愛し合う事を知る為に果てしない時を重ねて来た。
誰もが自分だけの光を求めている。喪失に満ち溢れたこの世界で唯一暗闇を照らし出してくれる光の存在。
失くすばかりのこの世界で誰もが望むもの――それは、光。
(いつの日かきっと見つけ出せる)