初チャレンジH×Hクラピカ夢。
地味にクラピカの口調が難しいと思うのは私だけですかね?
何というか想いに駆られ過ぎて突っ走るクラピカだからこそこの曲が合うイメージ。
拙い文章ですが何かしら感じてもらえると嬉しいです。
2011年4月30日 脱稿
クラピカと出会ったのは偶然だった。それは未だハンター試験を受ける以前で船に乗る少し前の話である。
クジラ島を経由して向かう目的への船が港に到着するのを待ちながら数日を街の散策に宛てることにした。
その日は雨上がりの天候。まだ周囲が濡れている中で灰色の暗雲は遠退き少しずつ蒼穹が顔を覗かせる。
なんと無しに見上げた空は虚しかった。
過ぎ行く人並みの中を器用に避けてぼんやりと泣いた後のような空を仰ぐ。言い知れない感情がこみ上げた。
あまりにも広大な空。そしてその下で佇むちっぽけな自分。何のために此処にいるのか?と、ふと思考が至る。
心に尋ねると全てを喪ったあの日が浮かぶ。大切なものをなくした。最期に遺された言葉は何だったのだろう。
『・・・せに・・・なって』
――紅い血溜まりの中で弱々しく微笑んだのは誰だった?
失ったものは数え切れない。この世界にたった一人だけ残されてしまった。家族も同胞も全て失ってしまった。
どうすればこの喪失感を埋めることが出来るのだろうか。どうすれば深い傷跡を癒すことが出来るのだろうか。
問いかけたところで答える者はない。この空の下での心を掬って言葉を与える者は存在しないのだから。
せめて、記憶が存在すればその中に残る幻影を想い安らぐことができた?否、わからない。あくまで推測の域。
幻影旅団の襲撃から逃れる際には命の危機に関わる傷を負った。文字通り、命辛々で逃げ延びたのだ。
死に掛けで拾われ、手当てを受けて何とか永らえた。しかし、命の代償に失ったものがある。それが記憶だった。
まるで、バラバラに砕けたパズルのように記憶の欠片が失われた。の中に在るのは断片的な記憶だけだ。
(嗚呼・・・ひとりなんだ)
妙に心に染みた
見上げた空の青さに心がさめざめとする。空虚の心に小石を放り込んだような小さな衝撃が波紋を作り出した。
目元がじわりと熱くなるのを感じた。記憶は存在を肯定する物。ならば記憶を失くしたは肯定理由が曖昧。
はを知らない。
ぼんやりと空を仰いで見上げて見た。この広大な空の下で誰でも構わないからどうか。どうか、見つけて欲しい。
さえ分からないという人間を見つけて欲しい。闇の中で息を殺して待つのは疲れた。堪え切れない。
どうか見つけて。そして、この闇色の世界に光を射して欲しい。ここはあまりにも冷たく、そして酷く恐ろしいから。
どうか――
「・・・大丈夫ですか?」
人波に押されて体制を崩したのだと理解するのに随分と時間を要した。声を漏らすのと同時にこけそうになる。
が、それを留めるようにその人物がの肘を掴み止めた。そしてその人物はゆっくりと伺うようにそう尋ねた。
「だいじょうぶです・・・・・・え?」
「ありがとう」と、短く礼を告げて姿勢を整える。そしてゆっくりと顔を上げて支えてくれた親切な人物の顔を見た。
綺麗な翡翠色の瞳にさらりと零れる黄昏色の髪。その顔立ちは一瞬女と見間違えんばかりの愛らしい顔立ち。
だが、声を聞く限り声変わり前とはいえ男の子なのだと悟る。そしてその服装に視線を落として見て目を剥いた。
それはあまりにも見慣れた民族衣装。4年前、自らその衣装を纏うことを棄てたにとっては忘れられない。
「何か・・・?」
変に言葉を止めたから不審に思ったのか青年は猜疑心の入り混じった視線をに向けた。僅かな警戒心。
「ごめん、何でもないの」と、誤魔化す様に首を横に振り言葉を返した。この世界には独りだけだと思っていた。
もうこの世界にはを繋ぐものは何もないと思っていた。4年前。幻影旅団に襲撃されクルタ族は滅亡した。
――独りだけを残して。
「・・・君、クルタ族なんだね」
「衣装見て分かったからさ」と、当たり障りの無い言葉を紡ぐ。漸く見つけた同胞に「自分もだ」と言えなかった。
馬鹿だと思う。あれだけ見つけて欲しいと願いながらも手に届く位置に見つけた途端に手を引っ込めるなんて。
嗚呼そうだ。自分は馬鹿だから、見つけたらそれだけで満足してしまう。本当は見つけて欲しい訳じゃなかった。
見つけて欲しいのではなく、見つけたかった。そしてやっと見つけた今わざわざ手を伸ばす必要性なんてない。
在ると分かったのだからそれだけで構わない。それで十分だ。「クルタ族を知っているのか?」と、青年が問う。
その問いに小さく頷き「知人にクルタがいるの」と、告げる。その言葉に弾かれた様に青年はを見つめた。
正直、そのときは自然と口が動いた。だからどうして自分があんな言葉を言ってしまったのかよく分からない。
「そのこはね、同胞を探してるんだ」
この世界に存在するクルタが自分だけだとは思いたくなかった。
「・・・一族の無念だけが残されて、誰もいなくて、ひとりで・・・」
寂しかった、辛かった、悲しかった、怖かった。
「だけど・・・力を持たないから、生きるしか思いつかなかった」
それ以外に方法を知らなかったから
だから、
「・・・その
好い加減邪魔に感じたのだろう。人波はいつの間にかと青年を避けて歩くようになっていた。静かに問う。
の瞳と青年の翡翠色の瞳が交錯する。「君の名は?」「クラピカだ」「""だよ」。短く交わされる言葉。
「彼女はいまどこにいるんだ」と、問われた。言うまでもなくここに居る。だが「遠いところにいるよ」と誤魔化した。
「安全とはいえないけど、少なくとも今は安全だと思うよ」
何とも曖昧な言葉。だってここにいる限り、仇討ちを思う限り決して安全ではいられない。クラピカが顔を顰めた。
「・・・今は会えないのか?」「会いたくないみたいだね」「言ってることが矛盾している」。まるで押し問答のようだ。
――会いたくない。
だって、クルタとして顔を合わせたら二度と立ち上がれなくなるような気がする。そこで足を止めて縋りたくなる。
自身が強い人間ではないことを理解しているから。だからまだ同族としてクラピカと対面するわけにはいかない。
己を確立させて心の柵を開放し、再び幸せを探すために歩けるようになったら。それからちゃんと向き合いたい。
「私と取引しない?」 「・・・取引だと?」
にっとした笑みを浮かべて、人差し指を立てながら提案する。この5年間で人を騙すことに長けた切欠は笑顔だ。
その言葉にクラピカは怪訝な顔をする。当然かも知れない。しかしこの提案をクラピカは蹴らない核心があった。
それに、取引と表現してみたものの、クラピカにとってもにとっても決して悪く無い話だと思う。簡単な話だ。
「私がを説得する・・・」
「だから君はその間、私と行動を共にして欲しい」と告げる。クラピカは驚いた風に双眸を見開きを見遣る。
確かにクラピカからすれば理解しがたい提案だろう。が、にしたら最後の同胞を間近に置く好機であった。
見た限り真面目な青年だ。行きずりの人間と行動を共にするタイプには思えない。だがこちらには切り札がある。
――果たしてどう出るのか。
「・・・私は見知らぬ人間と行動を共にするつもりはない」
暫く考えた後、クラピカは諦めように息吐いてそう言った。自然と口角を持ち上げ笑みを形作った。嗚呼成功だ。
それがクラピカのOKサインだと捉えても問題は無いだろう。勝ったのだ。そして偽りの名を答える。「」だと。
「よろしく」と、互いの存在を認めたところで風が吹き抜けた。都会の色を孕む風は自然のものとは少しだけ違う。
握り返したその手の温もりに懐かしさを覚える。クラピカがクルタだからだろうか。ただ消えないで――と願った。
・
・
・
――あれから半年が過ぎた。
長いようで短いけど、やっぱり長い。ハンター試験にキルアを除くクラピカ・レオリオ・ゴン・は無事合格した。
それからゾルディック家に訪れキルアを奪還した後、5人はそれぞれの道を歩き始めた。ゴンはキルアと一緒。
そして、はクラピカと一緒にいる。クラピカはことあるごとに尋ねた。「にはまだ会えないのか?」、と。
騙している手前、その問いには決まって「まだだよ」と、肩を竦めてにが笑う。まだ心が整理出来ていない。
まだとして会えない。だがクラピカが妙に会いたがっている。どうしてそう思うのか明白な理由は知らない。
ただ、一緒にいることで知ったのはクラピカは未だクルタの無念を背負っている。幻影旅団に殺されたみんなを。
きっともクルタが好きだった。それを奪った相手を思えば憎まないわけではない。だが、それでも足らない。
明確な記憶を持たないにとって仲間の復讐よりも今生き続けることが大事だった。目標も無いまま生きる。
そんな日々は苦痛だ。が、だとして死ぬという選択肢を選ぶ事も出来ない。虚無に抱かれて過ごす灰色の毎日。
そして出会ったのが
最初は単純に仲間に会えたことが嬉しかった。しかし、クラピカを見ていて思う。もっと自分を大切にして欲しい。
仇討ちのために走るその背中を見るのが辛い。最後の同胞である『レイネ』を尋ねるときは優しい瞳をするのに。
未だ会うことの叶わない同胞の話題に表情を緩めて優しく微笑むのに。その横顔を見るたびに遣る瀬無くなる。
本来、クラピカは優しい人なのだ。なのに、復讐に身を焦がして己を戒め身を削り走り続ける。孤独の中で佇む。
同胞の話題を話すときクラピカは穏やかな表情をする。だが、憎しみを堪えるときクラピカは独りになろうとする。
復讐の炎を消さないために戒めようと独りになる。とクラピカの傷は違う。だけども遠く離れていかないで。
どうか――
「・・・?」
雨が降る前兆なのか空は雲に覆われて灰色だ。そんな曇天を睨むように仰いだ。その背中にクラピカは躊躇う。
光の加減なのかも知れないが何となくの瞳が薄っすら緋色に見えた。目の錯覚だろうか。瞳の色は赤茶。
もともと緋に近いから単なる見間違えだと思った。が、それは間違いだと思わざる得ないことが目の前で起こる。
一匹の蜘蛛が糸を辿った。
目敏くもその存在に気付いてしまったクラピカも己の血が騒ぐのを覚えたが、それを抑えたのは眼前の出来事。
の視界に映る範囲内のことだ。決して蜘蛛に害意は無い。されども、その黒は酷く禍々しい存在に映った。
蜘蛛から視線を外してを見遣ると今度こそ見間違いではない。双眸が緋に染まった。クルタ族特有の色。
己の目を見ても何も感じなかったが生きたクルタの緋色は確かに美しい。だが今浮かべている色は酷く哀しい。
(・・・君は・・・)
言葉が続かない
そもそも妙なやつだと思っていた。と名乗る彼女との出会いはハンター試験を受験するための道すがら。
クルタ族の生き残りを「知っている」人間。そして、彼女が知っていると言ったのはクラピカの幼馴染の少女である。
幼少から共に育った妹のような存在であるもまた同胞を探しているらしい。直ぐにでも会いたいと思った。
しかし話を聞いている限りはまだ会いたくはないらしい。歯痒い思いはあった。どうして会えないのだとも。
だが、
クラピカとて復讐という名の醜い炎に身を焦がして生きている。そんな姿を大切な幼馴染に見せられないと思う。
しかし会いたい気持ちは潰えない。故に「まだ会えないのか」と、幾度と無く尋ねた。その度には苦笑する。
困ったように肩を竦めて「まだだよ」と、答える。隠れ鬼の応答のようなやり取りだ。そしてそれはまだ終わらない。
否、終わらなくていい。
そう思う様になったのはいつだろう。クラピカとという少女の繋がりはあくまで「レイネ」だ。との再会。
それを終えれば必然的に彼女との繋がりは消えるだろう。は「」を説得してクラピカと再会させる事。
その日が訪れるまで行動を共にする取引だ。だから仮にクラピカが「」との再会を果たせば取引は終わる。
共に過ごしたのは半年と短い間。しかし、さよならを告げるに心惜しむ程度には十分過ぎる程の時間だと言える。
「・・・・・・」
無意識にその肩に手を伸ばしていた。真実を問い質すべきだと思った。だが声が喉に貼り付いて一向に出ない。
結局その手を肩に乗せることはせず、為す術無く引いた。望む言葉が紡げない。その歯痒さに思わず唇を噛む。
だが同時にホッとする気持ちが存在した。小さく首を横に振って何事も無かったかのようにその場を立ち去った。
これで良かった――まだ、終わらなくていい。
この件で己の中で確信が生まれた。でもそれにそっと蓋をする事を選択した。どうせ尋ねたところで答えは無い。
おそらく今日も「まだだよ」と、返るのだ。だから、何も尋ねなくて良い。また暫くして聞いたらきっと答えは一緒だ。
同じである限りクラピカとは変わらない。その距離を保ちながら隣合わせで道を歩む事が出来るのだから。
・
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・
そんな二人の均衡が崩れたのは唐突だった。ヨークシンで幻影旅団の団長であるクロロを捕えるまでに至った。
幻影旅団との攻防は危険と犠牲が多く伴った。ゴンとキルアが旅団に捕まってスクワラが殺されるという結果に。
そして、――否、がクルタである事実が今度こそ目を背けることの出来ない状況で明かされたのだ。
泣きそうな、それでいて確かな憎悪を孕んだ眼差しでクロロを見据えた。その紅い瞳はクラピカを見てなかった。
もう何度、悪夢のように夢に出たか分からない記憶の欠片。の中から決して消えなかったのはクロロの姿。
どうしてそれだけが残ってしまったのかは分からない。だがその存在がのすべてを一瞬にして奪い去った。
奥底から沸きあがるのは混沌だ。それを鎮静させる術をは知らなかった。途方の無い闇に包まれる感覚。
「どうして・・・」
震える唇から零れたのはその言葉。覇気の無いその声調に何となくが泣いているのではないかと思った。
泣いていない。だが、確かな動揺が見られる。それを危惧して言葉をかけてレオリオに対しては吐露する。
己の記憶が断片的にしか存在しないこと、そして、残された記憶の欠片の中にクロロが存在すること。想いの丈。
だから、自分は独りなのだ、と。
記憶に縋れば楽になるのだろうか。だがの存在を肯定してくれる仲間はもう残ってはいないし、縋れない。
いっそ憎むことが出来れば良かった。否、確かにクロロを憎んでいた。だが同時に途方もない恐怖心が沸いた。
何もなかった。それでも、そこに存在している以上はバカらしくても生きるしかなかった。ただ同胞を求め続けた。
幾千幾億の中から星を掴むような気の遠くなるよう淡い可能性。それをぼんやりと期待しながら待ち続けたのだ。
そしてクラピカに出会えた。それが偶然なのかには分からないが嬉しかった。だけど同時に後悔も募った。
最後の同胞はを弱くさせる。
「・・・っ・・・」
それはある種の糾弾に聞こえた。あまりにも悲痛な同胞の言葉。何か言わなければと思うが言葉が出て来ない。
どんな言葉を投げ掛けたところでその心に深く刻まれた傷は決して言えないのだと直感的にそう頭が理解した。
憎しみを堪えながらはクロロを見据える。己を苛み続ける悪夢の根源だと思うと止め処なく殺意が沸いた。
この場で念も使用できないクロロを殺すことはおそらく容易いのだろう。だが、どうしても殺そうとは思えなかった。
その理由は分からないし知る必要もないと思う。復讐したところでなくしたものは決して返らないし目的ではない。
クロロの命を奪う行為は無駄である。奪ったところで満たされるのは復讐心だけ。そして後に残るのは空虚だけ。
全てを奪ったこの男には命を代償にして償う価値さえもないのだ。だけど許せない。二つの心が交錯して惑った。
―――そしてすべてが終わった後、は姿を消した。