「部屋に合うかの自信は無いんですけど・・・」

まだ初夏なのに今年は酷く暑い。今日は毎週の約束事となりつつ元就のマンションでのお泊りの日である。
自信の無さそうな声で鞄を漁っては白い箱らしきものを取り出した。雰囲気から察するに割れ物らしい。


リン――ッ

凛とした涼やかな音が室内に響き渡った


「・・・風鈴、か」

高値の物で無いのは一目瞭然だが音は悪くない。読んでいた手を止めて元就は風鈴に視線を向け呟いた。
元就はそもそも色物を好まない。故に部屋はモノトーン調。その若竹色の風鈴は正直に言うと合わない。

「元就様の部屋にはやっぱり合いませんでしたね」 「・・・・・・」

肩を竦め苦笑を浮かべ元就に視線を向ける。無言の圧力。は慌て「元就さん、です」と訂正を入れた。
癖とは末恐ろしい。戦国時代での癖からついつい様を付けそうになるが、いつも元就に睨まれ慌てて直す。
確かに今は大学の同級生で様付けは明らかに違和感が残る。が、慣れたものを今更直すのは中々難しい。

「・・・・・・構わぬ」

「やはり外しましょうか」とベランダの窓に掛けられた風鈴に手を伸ばした。が、不意に元就が呟く様に言う。
それを聞き取れなかったのか、作業の手を止めてが元就に向き直った。「構わぬ、と申しておるのだ」。
そのままにしておけと命ずる元就。風鈴に視線を向けては思う。やはり合わない。が、元就の命令だ。

「畏まりました、元就様」

小さく微笑んでは頭を垂れて言った。今どきの女子には見られない畏まった動きに元就は目を細めた。
のそれを見るのは久しい。あの日の別れから永い歳月を経てようやく再会を果たした。今は隣に居る。
その事実に不満は無い。あの頃素直に受け止められなかった些細な安息が今は伸ばせば届く場所にある。


――それだけで十分だ。



「でも元就さん。やっぱりこれ合って無いと思うんですけ・・・「ならぬ」」

モノトーンな上に淡い配色の部屋に若竹色の風鈴はあまりにも浮いた。カーテン横で風鈴が揺れて鳴いた。
元就の座るソファーの隣に腰掛けては苦笑交じりに呟く。買ったは良いがあんまり気に入らないらしい。
外そうと言わんばかりのニュアンスに元就が間髪入れずに言う。元就の方は思ったよりも気に入ったようだ。


確かに部屋の雰囲気とそれは合わない。元就も理解していた事。だが、外す気にならなかったのは何故か。
柄でも無く感情というものに左右されただけ。静寂に満ちた部屋の中で若竹色の風鈴の鳴き声だけが響く。
例えるならモノトーン調のこの部屋が元就で、異質な若竹色の風鈴はだ。途端に部屋に明かりが点る。

思えば呉葉に再会する前の元就は淡白だった。きっとに出会い感情を抱く前の態度に近かっただろう。
凍て付く冬の夜空の様に心はいつも渇いた。渇望するがそれに手は届かず、ただ待つだけの毎日だった。
この時代にが居ると頭では理解していた。しかし、出会いは中々訪れなかった。焦がれるだけの日々。
再会までの時間は途方もない。心が呉葉を求めてそれに耐える為には出会う前に戻る他には浮かばない。


――だからこそ、手に入った今、手放す気など毛頭無い。



「元就様?」 「様付けするなと何度言えば貴様の貧弱な頭は理解するのだ」

風鈴の音に耳を傾ける間に口数が減っていたらしい。覗き込むように元就を見つめるが視界に映った。
あの頃とは違って武器も持たず自分に身を委ねるだけの小さな姿にむず痒い感情が込み上げた。奇妙だ。
誤魔化す様に溜息交じりに言葉を吐き出せば「酷いですよ元就さん」と、不満の声が返る。距離がおかしい。

あの頃と違う。

傍に在る事も遣り取りも関係とて変化してない筈。強いて挙げるならば、呼び方が変わった事くらいである。
そうでありながら拭い去れない違和感。元就は再び口を噤んで考え込む様に風鈴に目を向け耳を傾ける。
風鈴の凛とした快い音で無く。リィーン.....鳴る度にその違和感の実体が見えて来る気がした。それが何か。


「・・・でも良かった。元就さんが気に入ってくれて」

不意には小さく微笑み言った。まるで蕾だった花が咲き綻ぶような柔和な笑み。「・・・・・・」息が詰まった。
それを見て漸く確信した。ずっと燻り続けていた違和感の正体を理解した。元就の指がの顎に触れる。

「・・・・・・」

クイッと持ち上げられた事に目を丸くする。だがこの程度なら戦国時代でもあった事。小さく首を傾げる。
いつもと同じ端正な顔立ちに表情が色濃く出る事の無い顔。だが、どこかいつもと違うのはにも分かる。
気付けば互いの顔の距離は鼻先がぶつかる程に近い。元就の吐息がを掠める。どきりと胸が鳴った。
誤魔化せない気がした。自分の感情も状況も、もうはぐらかせない。「元就様?」小さく不安げに呟かれる。


リィ――ン

風鈴が鳴った

それの意味を考えなかったわけではない。だが、どこかでずっとはぐらかそうと、誤魔化そうとし続けていた。
あの頃と変わらない距離を保とうと無意識に保身していた。あの頃は許されなかった距離感であったから。
だが今は違う。気兼ねする必要性などどこにも無い。ただそこにが居る。そして自分も居る。それだけ。
考えが至ると同時に今まで燻り続けた物が一気に巻き上がって勢いを増した。そして、衝動に身を委ねる。





「ん・・・っ・・・」

一瞬止まった刻が動く。重ねられたそれに思わず声が漏れる。驚きに目を剥いたは抵抗しようとする。
が、上から圧し掛かられる状態で身動き出来ない。角度を変え重ねられる唇に息のタイミングが掴めない。
思考を奪われる気がした。耳を刺激する風鈴の音は魔性の音に聞こえた。抗う気さえ殺がせる魅惑の音。

よ」

不意に唇が離れて、元就が正面から見つめてを呼ぶ。気恥ずかしい反面、離れた温もりが酷く恋しい。
無意識に求めそうになるのを堪えて小さく返事を返す。こんな呼ばれ方をするのは久し振りかも知れない。
元就のこの声が好きなのだ。波紋を描く様に落ちて浸透するかのように広がるこの声があの頃から大好き。


「        」

耳元で囁かれた言葉。最初は驚いた表情を浮かべただったがすぐに柔らかに微笑んでこくりと頷いた。
その反応を見た元就はフッと口元を緩める。回された細い腕を背に感じながら唇を重ねる。啄むような口付。

二人はゆっくりとソファーに身体を倒す。


リィーン....

風鈴が鳴いた。




企画サイト様に提出したものを加筆修正したもの。
なり様の微エロって難しいですな。

2010年4月以前 脱稿