気付けば、5日なんて猶予期間はあっという間に過ぎ去った。そして、訪れたのは決戦お見合いの日である。
イザークを説得する言葉以外に何としてもお見合いから逃げる方法が無いかも考えた。が、やはり無理だ。
「・・・父上。私、こんな派手なドレス嫌です」
と、にしては珍しく膨れっ面で愚痴を漏らした。だが、エレカに乗ってる以上、途中で降りる事は無理。
それでも悪足掻きというべきか、父、トゥールに抗議の声をあげた。しかし、それは父親に全く届いていない。
その日、が着たのは淡い蒼色のマーメイドドレスだ。腰元まである深紅の髪は高い位置で結われた。
本来の瞳色である闇色のおかげか、ドレスと相反する色である髪色も然程気にはならない。むしろ綺麗だ。
いつになく大人っぽく仕上げられたのその姿には誰もが振り返るだろう。それ程までに彼女を魅せた。
「見合いの席なのだからそれぐらいでちょうど良い」
むしろ地味な程だと父は言う。久し振りに見せた娘の年相応の表情に自然と口元が緩むのは仕方が無い。
自分を見据えるその瞳はの母であり、自分の妻であるマコトと同じ配色だ。本当には似ている。
若かりし頃の自分達を思い出すようで何と無く笑いが止まらなかった。ジュール家の子息は好青年だった。
彼にならば自分の娘を任せられるとトゥールは自信を持って言えた。今度こそマヒトは幸せになれるのだと。
「しかし・・・」
トゥールのその言葉には思わず言葉を濁した。根本的な問題はそこではない。そもそも気乗りしない。
お見合いの件に関してもだが相手にも問題がある。何が嬉しくてアカデミーの好敵手とお見合いするんだ。
(・・・イザークかぁ・・・)
考えると 溜息が漏れた
イザークがすぐさま気付く事は予想の範疇である。おそらくかなり驚愕するだろうが、エザリア女史の手前。
平静を装おうとするのだろうな。しかし、問題はその後だ。ふたりになった時が怖い。絶対に問い質される。
しかも、
「・・・明日からが怖いよ」
プラントの人工的な夜景を見つめて、は苦笑いを浮かべた。きっと何かがおかしくなるのではないか。
願わくば変わらぬアカデミーの生活は続いて欲しい。しかし、いきなり知られたとなれば何かが変わる筈だ。
しかし、かと言ってこの5日間にそれを告げる勇気も湧かなかった。結局踏み出す勇気が無いだけなのか。
「待たせてすまないな、エザリア」
セクスティリス市に存在する高級ホテルの一室にて、ジュール親子は既に待ち侘びた様に席についていた。
淡いグレーのスーツを憎らしいほど見事に着こなしているイザークなんて珍しい。女子が喜びそうな光景だ。
「いや構わない。私達も今来たところよ」 「あぁ、娘のだ」
トゥールの背に隠れて姿がはっきり見えていなかったらしく、エザリアはに気付くと柔らかく会釈する。
そして、トゥールに確認するように尋ねた。エザリアの言葉にトゥールは小さく頷いてに挨拶を促した。
「な・・・っ!?」
案の定というべきか、小さくエザリアの隣からイザークの驚愕の声が聞こえた。いくら鈍くても流石に気付く。
の正体に気付いたイザークは明らかに動揺していた。普段ならばからかうが今は仮にも見合いの席。
「初めましてイザーク様。・です。お会いできて光栄です」
猫を被ってイザークに微笑みかけた。あくまで女の・とイザーク・ジュールは初対面なのだ。
そしてすぐにエザリアに向き直って「お久しぶりです、エザリア様」と、小さく会釈して微笑んだ。スマイル0円。
その様は流石、トゥール・インテリジェンスの息女というべきか、優雅で気品に満ち溢れているように思った。
あのイザークでさえ一瞬見惚れて紡ぐはずだった言葉を失う程に。その日のはどこまでも綺麗だった。
「久し振りね、。マコトは元気か?」
一通りの挨拶に満足げに微笑むとエザリアはに尋ねた。最近は互いに仕事が忙しくて会えていない。
マコト・とエザリア・ジュールは双方最も気心の知れた親友同士である。故に今回の話が出た。
「えぇ。ですが今日は外せない用で・・・」 「あれも隊長の責務に就いてるからな。よろしく伝えてくれとの事だ」
マヒトが場を取り繕う様に言葉を返すと、それに繋ぐ形でトゥールがその言葉を告げた。エザリアが頷いた。
「私も楽しみにしておく」と、そう答えたエザリアはどこか上機嫌の様だとイザークは横目で見ながら思った。
「・・・ところでイザーク。良い加減嬢に挨拶なさい」
先程から驚愕やら何やらで挨拶をしていない事に気付いたのか、エザリアは諌める様にイザークに告げた。
その言葉に我に返ったのか「はい」と、彼には珍しく戸惑ったような声でイザークが返事する。マヒトを見た。
「お待ちしておりました、嬢。お初お目にかかりますイザーク・ジュールです」
スッと席を立ちの前に立って胸に手を当て普段の彼からは想像もできない所作で優雅に頭を下げた。
そして、の手を壊れものを扱うかのように手に取り、席へと誘う。エスコートといい、完璧な紳士だろう。
が、
それはあくまで隣を見なければだ。横目でチラッと盗み見るとエザリアとトゥールにバレぬ様に睨んでいる。
「後でじっくり聞かせてもらうからな」と、鋭利な氷蒼の目は確かに語る。その目の恐ろしい事、思わず苦笑。
(・・・嗚呼 やっぱり怒ってるよ・・・)
分かってたけど
今さらだけれども、やはりサボタージュすれば良かったと切実に思う。この後、どうやって説明したら良いか。
いっそこれを切欠にイザークが見合いを蹴ってくれれば話は早いのだが。だが、両親の仲が良いと難しい。
「ありがとうございます。イザーク様」
内心は冷や汗を掻きつつも、も平静を装い穏やかに微笑み返した。傍目から見たなら正に美男美女。
理想のカップルに映ったことだろう。その遣り取りを見ていたトゥールとエザリアは満足げに微笑んでいた。
「・・・・・いえ、当然の事ですから」
普段の見合いならば、相手の態度にいちいち勘に障って仕方なかっただろうと思う。だが、今回は別だった。
相手は小憎たらしいアカデミーにおける好敵手である筈なのに。向けられたの瞳に妙に心が騒いだ。
本人はいつもと変わらずちゃらんぽらんな感じでいるのだろう。なのに、何故自分だけがこんなに焦るのか。
(チッ 勘が狂う・・・)
何だか癪だ
やり難くて仕方が無い。この様子だと2人は面識があるらしい。確かにイザークもトゥールとは面識はあった。
故に下手な態度も取れない。が、に対して問い質したい事も山のようにある。だが、出来る筈も無い。
ちらりと隣の女に視線を向けた。男だと思っていた相手は今はどこからどう見たとしても女にしか見えない。
「・・・どうかされましたか?」
不意にイザークと目が合う。が、思いっ切り逸らされた。その挙動不審な行動には密かに眉を顰めた。
確かに黙っていたのは悪いと思うが、この態度は頂けない。まるで他人行儀で何と無く嫌だと思う。尋ねた。
が、
「いえ・・・何でもありません」
明らかに何かあっただろと言いたい態度。目を合わせもせずに言っておいて何も無い筈がないだろうと思う。
だが、おそらく今この場で問い質したところでまともな返答は貰えない気がする。は小さく息を漏らした。
(・・・本当についてない)
散々だ
同時刻――。
「ごめんごめん。遅くなった」
「ったく。こいつがちんたらしてっから」
「やっと来た。こっちです」
「ラスティも来てたのか・・・?」
珍しい顔ぶれだと言われる知れない。その日、場に居合わせたのはニコルとラスティとディアッカとアスラン。
折角の休暇なんだから偶には食事でもするかという言い訳のもと野次馬が揃った。場所は言うまでも無い。
あくまで今日のメインはとイザークのお見合いを見届ける事であり、食事会をする気などさらさら無い。
「にしても驚いたぜ、まさかが女だったなんてな」
とは言え、ディアッカも少なからず気付いていたのだろう。その口振りは妙に軽く気にした様子は殆ど無い。
むしろが女だったという事に納得したくらいだ。そもそもあれを男だと言われても納得できる筈が無い。
「だからって手出さないようにね。ニコルに怒られるよ?」
そんなディアッカの横腹を肘で突きラスティはからかうように言葉を紡ぐ。まず、眼中入れて貰えないだろう。
ラスティの言葉と同時にニコルから冷やかな微笑みを頂戴した。大丈夫だ。仲間に手を出そうとは思えない。
ディアッカとラスティにとっては弟―否、妹に近い感情しか抱いていない。恋愛対象にはならないのだ。
それに、傍にこれだけ真っ直ぐに想い続ける相手が居る。
それなのに手を出そうとは流石に思わない
「にしても、なんでイザークなんかと・・・」
アスランからすると大事な幼馴染が馬の合わない相手と見合いなんて納得いかない。ぶつぶつと何か呟く。
だが、その横でニコルが「ウジウジと鬱陶しいですよアスラン」と、穏やかに微笑んで冷やかに切り捨てた。
敢え無く撃沈。
即効でバレた件について
2010年4月 脱稿