「父上、お見合いの話など聞いておりませんが・・・」

どういう事かと、一人部屋に戻ったは画面越しに映る父に告げた。その声は彼女には珍しく冷やかだ。
視線をずらす事無くどことなくニコルに似た顔立ちのトゥールのブラウンの瞳を見据えた。逸らしたら負けだ。

<両家共に了承の上だ。異存は許さない>

母と別の意味で厳格である父の静かな威圧に圧倒された。詰まる話、反論の余地は無いと言いたいのか。
確かにこのプラントの決まりは知っている。少子化が進んでいるコーディネーターにとっていかに大事かも。

だが、


「・・・お言葉ですが私にも決定の意思はある筈です。勝手に見合いを取り付けられ反論しないとでも?」

カメラに映らない膝上で拳を強く握り締めた。あまりに横暴なトゥールの言葉に憤りを感じずには居れない。
だが、同時に今度こそ見放されるかも知れないという恐怖感が募る。それでも平静を装ったのはプライド故。

<・・・言っておくがこれはお前の母も快諾している>

頑なとして受け入れようとしない娘にトゥールは僅かに目を細めた。そして、溜息一つ釘を刺す様に告げる。
母のたった一言にの肩が小さくだが確かにびくりと揺れた。顔を上げて見返すその瞳は妻に似ていた。

「・・・・・・母上、の?」

彼女の母、マコト・の名が出た途端に、画面の向こう側での表情が凍り付き、息を呑んだ。
彼女にとって母親の存在は二つの意味合いの対象である。ひとつは敬愛の対象、そしてもう一つは畏怖の。


マコト・

家の14代目当主。31歳の女の身でありながらザフトの軍師を務める類稀な天才だと言われる。
特務隊に所属する白服着用者。エリート中のエリートでアカデミー生からも尊敬の眼差しを向けられている。
性格は厳格かつ堅実なの実母だ。そして、その実母とは現在冷戦状態にあった。喧嘩ではない。


(・・・そんなのって・・・ないよ・・・)

泣きたくなった


――今週末、家に帰って来い。

父の言葉が妙に脳裏に響いている



「浮かない顔してるね」

先程のイザークの爆弾発言を聞いてから数時間が経過した。それでもまだ先程の衝撃が消える事は無い。
ボーっとした様子で中庭の大きな木の幹に凭れて掛かり空を見上げていたニコルの背に声がかけられた。

「リアじゃないですか。なら自室だと思いますけど・・・」

どうしたんですか?と、自分より頭一つ分背の高いリアに視線を向けて穏やかに言葉を返した。が、違和感。
いつものニコルらしからぬ雰囲気。確証は無いが何かが違う気がした。これでもニコルの友人と自負する。
故に違和感くらいは察せる。不意に穏かな風が吹いてリアのふわふわとした肩まで伸びた蒼髪を揺らした。

「アマルフィらしからぬ沈んだ表情をしてるからつい、ね」

で、何があったの?と、紫玉色の瞳をニコルの方に向けてリアはにこりと女性受けする微笑みを浮かべた。
そんなにも自分は表情に出ていたのだろうかとニコルは思わず苦笑を浮かべる。沈んでいるつもりはない。

「いえ、大したことじゃないんです。ただ・・・・・・」

言葉にしたのは良いが続きが出てこない。微笑とは裏腹に覇気の無い言葉を紡いだ。その瞳は遠くを見る。
いつか来るだろうと思っていた。過ぎ去りし日に交わした約束は果たされないのだ。彼女の幸せを願うなら。
それで良いとニコルも過去に結論付けた。後悔はしていない。だが、どうしても気持ちがすっきりしないのだ。


ポンポン

相変わらず元気の無いニコルの頭を軽く撫でた


「良いんじゃない?コーディネーターで言う成人であっても、年齢的に僕らはまだまだ子供なわけだし」

悩むし、納得できない事だって山ほどあるよ。と、リアは穏やかに微笑んだ。確かにその言葉の通りである。
その言葉にニコルも「そうですね」とふわりと微笑み返した。だが、そうではないのだ。きっと理解はされない。
否、理解されたとしてもきっと言葉の返し様が無いのだ。この想いの行きつく先に光は存在しないのだから。


(理屈だけじゃ自分を納得させ切れないんですよ・・・)


自嘲が浮かぶ

もう何度も諦めようと思った。だけど、諦めきれなかったのはただ好きだったから。理屈じゃなくてただ好き。
だから、諦めるのに理屈なんてものだけでは罷り通らなかった。ずっと燻り続けて納まる事は無かったのだ。
ただひたすら従兄弟の幸せを願った。幸せになる為ならばそれで構わない。この想いに蓋をしようと思った。


「あ!こんなところに居た!!」

もう探したんだよ!と、拗ねる様に口端を尖らせてがニコルの傍に駆け寄って来た。どこか甘えた様子。
昔からは自分に対しては躊躇う事無く甘えて来る。実の母にすら甘える事を躊躇っていたというのに。


「すみません。外の空気が吸いたくて」
「何気分悪いの?大丈夫?・・・っと、リア久し振り!あれから夜は静かに眠れるようになった?」
「何だよ。そのついで的な言い方は・・・もしかしなくても、今アマルフィしか見てなかっただろ?」

ニコルの前に辿り付いたところでようやくその隣のリアに気付いたらしい。ふわりと微笑んで言葉を紡いだ。
それに対して答えるリアは気付いてもらえなかった事が心外だったのか、呆れた物言いで溜息を漏らした。


とリアの関係を一言で言い表すと男女の垣根を越えた親友。数少ないの実の性別を知る存在。
全てを知った上でリアはと対等に付き合っていく事を決めた。否、負かされてばかり悔しいからだろう。
因みにの「夜静かに寝れるようになった?」というのは語れば笑い話にしかならぬ彼の同室者の話だ。

リアと同室である青年はとても物静かで温和な性格の好青年だ。も幾度か言葉を交わした事がある。
だが、問題は平時よりも眠っている時である。鼾に歯軋りに寝言と三拍子で喧しい事この上ないというオチ。
その上、時折寝ぼけてリアのベッドに潜り込む始末。確かに中性的な顔立ちだがリアはれっきとした青年だ。
そんな同室者に悩まされること数カ月。のアドバイスからようやく安眠の目処が立ったらしいと喜んだ。



「んー・・・というか、基本的に優先順位はニコルだから」

えへっと悪戯っぽく舌をちょろりと出しが笑う。その様はどう見ても女の子だ。なのに誰も気付かない。
何故気付かないのかとの本来の性別を知るリアとニコルは思うが、バレても事が大きくなるだけだが。

「それで、何か用だったんですか?」

探していたということはそれなりに用件があるからという事。用件は何かとニコルは首を傾げて問い掛けた。
自分の所にが来たということは大方、見合いの件で文句を言ったが言い含められてその愚痴だろう。
彼女が両親に強く逆らえない事はある程度、家庭事情を知っているニコルには分かる。今回もそうならしい。

「週末の夜空いてる?久し振りに2人でドライブでもしようよ」

と、ねだる様にニコルに問い掛けた。その仕草があまりに愛らしくニコルは思わず、笑顔のまま頷き掛けた。
だが、ハッとした風に我に返りを見遣った。週末と言えば、イザークとのお見合いの日と重なる。

「駄目ですよ。終末の夜はお見合いなんでしょう?」

すっぽかしなんてしたら、僕まで叱られるんですからね?と、咎めるように眉を寄せ溜息一つ言葉を紡いだ。
本音で言うと全然構わないしの気持ちを優先してあげたいが、如何せん世間体というものがあるのだ。
アマルフィ家の長男として、ニコルはそれを崩すわけにはいかなかった。軽率な行動は家族まで迷惑する。

「ヤなんだよねーしかも、よりにもよってイザークとだよ?」

心底嫌そうに呟きマヒトは溜息を漏らして空を仰ぐ。が何を危惧し見合いを嫌がってるのか知れない。
居心地の良いアカデミーの今を崩すのが嫌なのか、それとも、他に思う相手が居るのに見合いが嫌なのか。


イザークの事は嫌いでない。どちらかといえば、むしろ好きな部類に入るだろうと思う。素直ではないと思う。
だが、真っ直ぐだし、頭も良く優秀で話して面白いし、実は結構友情に篤い。根は物凄く良い奴だろうと思う。
だが、お見合い相手として・・・否、結婚を前提とした対象にはどうしても見られない。どちらか言えば兄貴だ。

頼れる相手ではある。だが、自分にとって添い遂げたいと想う相手は一人しか居ない。この先も変わらない。
幼い頃の夢を今も追いかけるなんて子供みたいだと言われるかも知れない。だけど、好きだから仕方ない。
この気持ちだけは決して変えたくないのだ。変えたくないし、変わらない自信はある。ニコルが好きなのだ。


「そんな事言って、その言葉そのまま返されても知りませんよ?」

と、苦笑交じりにニコルは言うが、を見つめるそのブラウンの双眸はどこか切なげに細められていた。
それを感情で言い表すのは難しい。従兄弟を手放すのが寂しいのか、はたまた別の理由が存在するのか。


(あー・・・成る程、アマルフィの憂鬱な理由はコレか)

それを見たリアは瞬時に悟る

答えは両方。どちらかといえば後者の方が強いだろう。そこからその答えを示し出すには十分過ぎると思う。
ニコル・アマルフィは天使の皮を被った悪魔だと認識している。それは従兄弟に対しても全く容赦してない。
だが、そんな悪魔もの事をとても大切にしているのは分かった。いつも、さり気なくを護っている。


「誰にもの言ってんのさ?言わせるわけないだろ」

本気なのか冗談か、瞬時に判断できない含んだ笑みを浮かべてニコルとリアの方向には向き直った。
自信に満ちた笑みというのか、ときどき浮かべるそれは一瞬にして人を惹き付ける。それを見てリアは思う。
がアカデミーの主席たる理由を、そして人を惹き付ける存在である理由。驚くほど彼女は輝いている。

「そう言えば、 イザークはが見合い相手だって知りませんよね?」

さっきお前と義兄弟なんてお断りだなんて言っていたのだからおそらく気付いていないのだろう。何と鈍い。
ニコルの言葉にはあっさりと頷いた。だが、暫らく黙り込んだ後、気付いたのか「あっ」と小さく呟いた。

「・・・・・・もしかしてやばい?」

まだ、アカデミー卒業までに期間がある。もしも、イザークの態度が変わったりしたら面倒な事この上ない。
あれだけ好敵手だと認識していた相手が実は女でしたなんて事になると彼は果してどんな反応をするのか。
そう考えるとますます週末の夜が憂鬱で仕方が無い。の我儘をいえば今のままで関係で居たいのだ。


だが、おそらく週末の見合いでバレる。

さてはて、その際にどうやって言い逃れすべきか。

否、どう説得するべきか。

あと5日間で適当な理由を考えないといけない。



(まぁ・・・なるようになるだろうけどね)

人生 そんなもんだ



決戦は五日後

2010年4月 脱稿