「そういえば・・・アスラン以外にはバレてないでしょうね?」

ふと思い立った様にニコルがそう言葉を紡いだ。その言葉の裏には何とも言い難えぬ迫力が見え隠れする。
ほぼ反射的に肩を揺らしは視線を逸らして思い当たる節が無いか思い返す。おそらく・・・多分無い筈。
あくまで多分だけれども。そもそも、アスランに関しては気付かれたというよりも単なる偶然の事故でばれた。

「・・・ラスティ辺りは気付いてるかも?あとディアッカも鋭い方だし・・・イザークは問題外」

可能性として挙げられるのは2人だ。ラスティは幼い頃に面識があるからその可能性は高い方だろうと思う。
さらりイザークは論外扱いされている。まあ実際にイザークとアスランの鈍さはどっこいどっこいだけれども。
それにしても、イザークの扱いが随分だと思う。しかし、それをフォローする者は生憎この場に居なかった。

「そんなに気付いてたのか?」

意外だと言わんばかりにアスランが目を見張った。だが、単に自分が気付けなかったのが癪なだけである。
ニコルとの目が「お前が鈍感だからだ」と、呆れた風に訴えている。しかし、アスランは全く気付かない。
流石は鈍感天然大魔王と言うべきだろうか。そのマイペースさはある意味、犯罪級であるとは思った。

「だーかーらー!多分の話だって!直接聞いたわけじゃないし確証ないから」

人の話聞けよと言わんばかりの視線を向けては溜息混じりに言葉を紡いだ。あくまで憶測の範疇だ。
仮にばれたとしても何ら支障はないだろうとは考えている。行動を共にする限りいつかはバレることだ。
それが多少早まったところで別に問題ない。むしろそれで抉れるならその程度の関係でしかなかっただけ。



「やぁ〜っとレポートから解放された」 「ったく・・・ラスティ、おまえ溜め過ぎだっつの」

プシューと不意にエア音が響いた。それと同時に部屋の扉が開いて、二つの声が部屋に飛び込んで来る。
欠伸をしながら自室に戻って来たラスティと、そんなラスティの課題を手伝わされていたらしいディアッカだ。

できる癖にギリギリまでやらない日頃のサボり癖が祟ったらしい。ラスティは教官から大量の課題を貰った。
迷惑極まりなそのプレゼントを片付ける為に生贄友人ディアッカも半ば強制的に駆り出されたわけである。
その顔に浮かぶ疲労の色から察するに教官のプレゼントは中々手強かったようだ。御愁傷様というべきか。


「ラスティもディアッカもお疲れ様です」
「主にディアッカがね。あの教官執念深いというか陰湿だから先に言っといたのに・・・愛されてるじゃん」
「ただでさえラスティは目を付けられてるからな」

部屋に戻って来た2人を労わる様に口々に言葉を投げ掛ける。というのは建前で明らかに労わっていない。
要領の良いラスティに良いお灸が据えられた程度にしか思っていないのだろう。証拠に口元が笑っている。
だが、ラスティは兎も角としてそれに巻き込まれたディアッカは散々である。「酷ぇ…」と口を尖らせて呟いた。


「あの量はホントありえないって・・・半端じゃない」

愛情の押し売りは逆に迷惑だよ。と、ラスティはうんざりした口調で返した。「確かに」とマヒトは喉で笑った。
それにつられアスランやニコルも笑う。しかし、巻き込まれたディアッカは傍の椅子に腰かけて一人ごちた。

「俺を巻き込むなっての」

当然の言い分である。だが、そうは言えど結局手伝ってしまう辺り人が良いというか面倒見が良いというか。
「ディアッカお疲れ」。あまりの疲労っぷりにも哀れに思ったのか苦笑交じりに労わりの言葉を投げた。
何だかんだでこの面子の中で優しいと思える言葉を最終的に投げ掛けるのはマヒトだ。普段は大概酷いが。



「・・・というわけで、ちゃん。疲れた俺を癒してくんない?」

不意にの方に向き直ったかと思いきやウインク付きで冗談交じりに言葉を紡いだ。まだ余裕のようだ。
女顔というか・・・明らかに女の子にしか見えないに優しくしてもらう事で癒されちゃえなんて魂胆らしい。
ディアッカの冗談交じりの態度に見えない位置からであるがニコルは僅かに眉を顰めた。誰も気付かない。


「残念。私が癒すのはニコルだけと決めてるんだよ。悪いね」

あ、おまけでラスティとアスランもね。

くくっと喉で笑い言葉を紡ぐのその様はどう贔屓目に見ても女だ。何故、今まで気付かなかったのか。
アスランは密かに苦い思いを募らせた。幼少の頃とは言えそれなりに長く一緒に居たつもりである。なのに。
全然気付かなかったなんて間抜けにもほどがある。アスランは小さく肩を落とすと騒がしい方向を見遣った。

の言葉にラスティも乗り「ほんと?僕も限定なんだよね」なんて事を口走ってに絡んでいる。
気の所為だろうか?心なしかアスランの横に座っているニコルの機嫌が急降下して背後で何か蠢いていた。
今のニコルに逆らってはいけない。へらへらと笑うラスティとを余所にアスランとディアッカの心は一致。



はいつもニコルだもんなー・・・そんなんじゃ女の一人もできないんじゃね?」

あっさりとフられた所為か、どことなく不服そうにディアッカがぼやく。しかし、このやり取りも日常茶飯事だ。
ディアッカの言葉に間髪入れずは「ディアッカみたいに1人どころか、2人や3人できるよりマシ」と返す。
容赦ない切り返しに更にへこむディアッカと、笑いのつぼに入ったのか腹を抱えて笑い転げるラスティの姿。

「つか、別に要らないよ。今はニコルだけで十分事足りてますから」

冗談なのか本気なのか判断のつかない口振りでが言った。しかし、その笑みはどこか柔和で穏やか。
だが、ニコルが「事足りてるなんて酷いですねぇ」と言った事で全てがぶち壊し。の笑みが引きつった。

――怒ったニコルはもっともタチが悪いものだと記憶している。


「・・・・・・モチロン大満足ダヨ?」 「そうですか?それは光栄ですね」

ニコルの柔らかな、否、柔らか過ぎる微笑みには顔を引き攣らせたまま片言言葉を返した。凄く怖い。
だが、口調は兎も角としてその言葉は機嫌を直すに十分だったようだ。ニコルの返答から見るに少し直った。

「えぇ、それは勿論」

通称、女殺しの微笑と呼ばれるそれを添えては言葉を返した。決して意図したものではないのだけど。
それに対してニコルも穏やかに微笑んで返す。そんな2人の遣り取りを見て、傍観者達はおかしそうに笑う。


女殺しの微笑だと巷の女子の間で囁かれているが何の事は無い。ただ普通に本来の笑みを浮かべただけ。
それが何故、女子にかなり受けるのかには未だに理解出来なかった。否、理解の範疇を越えている。
実際のところ、女子からすればこんな風に笑う男子も居るんだなと女子が憧れるからこそ人気があるのだ。

ある意味、妄想心乙女心に火が点くからというべきか。

が女だと知った時、はたしてどんな反応を見せるかある意味見物だろうとニコルは密かに思っていた。
アカデミー内で宝塚が見られるかも知れない。否、あんまり見て嬉しい光景ではないかも知れないけれども。
だがいつかは女としてがこの場所に馴染めれば良いと思う。本来の彼女で、あるがままで居て欲しい。



ガンッ

不機嫌全開でイザークは廊下の壁を殴った


「今日のイザークは荒れてやがんな」
「告白ですか?」
「あいつに告白する子なんているのか?」
「アスラン・・・その言葉は失礼極まりないと思うよ」
「案外、お見合いの類だったりしてね」

ラスティが言うと同時に「まさか」と一斉に笑い声をあげた。部屋に居ないのを良い事に散々な言われ様だ。
議題はイザークの不機嫌な理由に関して興味本位だった筈なのに案の定、途中から話題が大幅にすれた。
ディアッカに至っては同室者の不機嫌っぷりに「また部屋半壊か・・・」と、嘆いていた。確かに切実な問題だ。


「イザーク何かあったの?」

足音が止んだと思いきや、エア音が鳴り扉が開いた。そして、姿を見せたのは銀髪の個性的な髪形の青年。
明らかに不機嫌そうな面を引っ提げて部屋に入って来るイザークには首を傾げて尋ねた。内心苦笑。

「うるさい!なぜ俺が見合いなど…」

半ば八つ当たりの様な形でを怒鳴りつけてイザークは荒々しくラスティのベッドにぼすんと腰かけた。
そして、苛立ちをぶつけるようにラスティの枕を思いっきり殴り付けた。哀れなのはディアッカでは無く枕だ。

「ちょっと、僕のベッドは壊さないでよ」 「お見合いの相手って・・・誰だったんです?」

流石のラスティも己のベッド崩壊の危機を感じたのか、イザークに不平を述べる。だが、宥める気は皆無だ。
いちいち相手にしてたらキリがないとニコルが言葉を続けた。が、次の瞬間アイスブルーの瞳に睨まれた。

そして、


の娘だっ!!」 「「・・・はぁっ!?」」

叩き付けるように言い放たれたイザークのその言葉にはおろか、ニコルまでもが驚愕の声をあげた。
あまりの驚愕には膝の上に乗せていたクリスを思わず取り落とす。が、その体はアスランがキャッチ。


(え、ちょ・・・冗談キツいよ・・・)

突然過ぎて 思考が追いつかない



「貴様と義兄弟なんてお断りだからな」

フンっと鼻を鳴らしイザークが吐き捨てるが、それはからしても願い下げだ。が、反論する余裕が無い。
開いた口が塞がらないとはまさにこの事。その場に居た全員が呆然として誰一人として発言出来なかった。




いや、実は本人なんです・・・とは言えない。

2010年4月 脱稿