「――で、あっさりとバラしたわけですか」

僕の苦労も知らないで、ですか、と、暗に含ませたニコルの柔和なほほ笑みには盛大に肩を揺らした。
何故、同い年の従兄弟と言葉を交わすだけなのに自分は正座して姿勢まで正しているのだろうかと考えた。

「え、いや・・・だって・・・・・・」

語尾が段々小さくなっていく。考えたところで無駄。明らかに怒っているニコルから視線を逸らして口を開く。
言い訳の言葉は無意味だが誤魔化すように明後日の方向を眺めながらは呟いた。珍しく焦っている。

(・・・や、ヤバイ・・・!!)

というか 怖い

なぜ、同い年の従兄弟と話すのに正座して姿勢まで正しているかって?それはニコルが怒ると怖いからだ。
母とは別の意味で圧迫感を感じる。というか、絶対に何かご光臨なさっていると密かにマヒトは思っていた。
それほどまでに、怒るニコルは怖い。昔はこんな子じゃなかったのに、と、嘆いてみても仕方がないことだ。

「だって、なんですか?」

誤魔化そうとしても、ニコルの笑顔の尋問は容易く終わらせてくれない。これがあるから嫌なんだと愚痴る。
いつもよりも三割り増し以上のイイ笑顔を浮かべる従兄弟にはバレた事を酷く後悔した。ドウシヨウ。
その隣では当事者の片割であるアスランも一緒に正座して話を聞いている。何でアスランまで正座なんだ。

「いや、だってさ。その・・・黙っててもそのうちバレるんじゃないかなー?なんて・・・・・・」

最後まで強気で言い切る筈がやはり語尾が弱くなってしまった。無理。絶対にニコルには勝てないと思う。
言葉に比例しての竦めていた肩もだんだん小さくなっていく。何で同い年に説教されているんだろう。

「ニ、ニコル!これに関しては一概にが悪いとは・・・「当たり前じゃないですか」」

今にもニコルという濁流に呑まれそうな友船 を救い出そうとアスランが助け舟を出して言葉を紡いだ。
が、それは物の見事に遮断と言う岩にぶつかり座礁。そして、脱出不可能の濁流に飲み込まれて消えた。

(ちょっとぉぉぉっ!?)

この役立たず!という言葉は心に留め置く

ニコルの冷ややかな笑みがアスランに向けられた。アスランは自分の身体が硬直するのをリアルに感じた。
反論という言葉が思い浮かばなかった。体内の機能という機能が全て停止する。そして、本能的に悟った。

あ、これ無理ぽ。ごめん。俺、おまえのこと助けられないや。気分は大体そんな感じである。なにこれ。
つか、ニコルってこんな性格だったっけ?トリビアじゃん。なんて思わず現実逃避のぶっ飛んだ思考に陥る。
普段ならば反論くらいは出来ただろう。だが、今回はそれ以上に不機嫌全開のニコルのオーラに萎縮する。


「大体アスランもアスランです!普通ドアを開けますか?よりにもよっての入ってる最中に」

続け様に発せられた言葉と口調はいつもより刺々しい。淡々と責められると自分に非があるように思える。
それ洗脳じゃね?それを横目で見遣りながらは今すぐこの場から消え去りたいと切実に願ったとか。

「いや、そ、それは事故で・・・」 「・・・・・・」

嫌な汗が背中を伝う。何で自分責められてるんだろう。というか、ちょっと無言やめてぇぇとアスランは思う。
が、最後まで言葉を紡ぐよりも先にニコルの無言の圧力に精神が折れた。思わず沈黙して視線を泳せる。

「事故で済まされると思ってるんですか?」

まさか思ってねぇよな?えぇ?と、ニコルのブラウンの瞳は明らかに語っていた。最早、それは脅しである。
それにアスランは閉口するしか無い。つか、たかが入浴中にドアを開けただけで何故こんな目に遭うんだ。

アスランは己の不運を心底恨んだ。



『ダッテ アスラン思イ出サナインデモン』

不意にカタコトの言葉が室内に響いた。

その音に反応し、3人はほぼ同時に顔を上げた。部屋中を包み込んでいた沈黙が一蹴して消し去られた。
再び外部の音が耳に入る。どうやら音源は本棚の上に潜んでいるようだ。ちらっと棚の上に視線を向けた。


「クリス!黙ってろって・・・」

言ったのに。と、言いかけて言葉を噤んだ。緊張のあまり失念していたが、まだこの部屋にアスランが居る。
にも関わらずその名を呼んでしまった。「…クリス?」。案の定、聞き覚えのある名にアスランは目を剥いた。
忘れるはずがない。その名を呼んだのは自分作りプレゼントしたペットロボットにあの子が付けた名なのだ。



あれは、11歳の頃だ。1年に一度、半年間だけ、当時住んでた月面都市 コペルニクスに訪れる子が居た。
コペルニクスの祖母の家に遊びに来ていたのだ。初めてであったのは自分とアイツが6歳になる頃だった。
ひとつ下のその子と自分とあいつの3人でよく遊んだのは今も覚えている。いつも3人一緒だったのだから。

その子は綺麗なさらさらした深紅の髪に深い闇色の瞳をしていた。その紅と黒の色合いが妙に綺麗だった。
初めて出会ったその瞬間から見惚れてしまった事を覚えている。自分達はその子のことをこう呼んでいた。
気紛れな性格をしてから、capriceのカプ――と。親しみを込めてそう呼んでいたのだ。彼女は親友だった。


「なっ・・・カプなのか!?」

アスランにしては珍しく動揺の色を明らかにし、を指差して声をあげた。その反応に笑いを噛み殺す。
そして、堪えるように肩を震わせた。幾ら予想外だからってその反応は反則だ。吃驚しすぎだ。面白過ぎる。

「はーい、カプちゃんですよ。」

暫くしてようやく笑いの波が収まったのかひらひらと手を振りながらにへっとしまりの無い笑みを浮かべる。
その能天気な反応にほとほと呆れた様な溜息を漏らしてニコルは隣で苦笑を浮かべた。知っていたのか。


衝撃の事実にアスランは目眩を覚えた。まさか、あの可愛らしかった小さなお姫様とまた再会するなんて。
こんなのに成長するなんて。アイツなら「カプちゃんが明るくなった!」とか言って喜ぶかも知れないけれど。
と言うか別人過ぎる。あの時のカプはもっと大人びていて、全然子供らしさが無かった。無表情だったのだ。

それに、こんな風に感情を表に出すこと自体あまり無かった。否、別にそれが悪いとは思わないのだけど。
むしろ、良い傾向なのだろうと思う。素直に良かったとは思う。それにまた会えて良かった。それにしてもだ。


「・・・何で今まで言わなかったんだよ?というか、目の色は?」

一人悶々と自問自答を繰り広げた末にアスランはジトッとを見遣り恨みがましく尋ねた。闇色の筈だ。
そんなアスランを見て「アスラン暗っ!そのうち苔生えるよ?」。というの言葉には、間髪入れず返す。
生えるものか。むしろそれなら髪の毛が生えてくれ・・・って違う違う。そうじゃない。なんでそっちになるんだ。

「えー・・・だって、直ぐに言ったら面白くないでしょ?あ、ちなみに目はカラコンね」

気紛れは健在らしい。というより、むしろ拍車が掛かったように思う。爽やかにがあっさり言い放った。
何で今までずっと言わなかったんだ。こっちはプラントに住んでいるというからずっと捜していたというのに。

「・・・、冗談が過ぎますよ」

見ている分には楽しいが、流石に茶化され続けているアスランを哀れに思ったのかニコルが助け舟を出す。
ニコルの咎めるような言葉にの肩が僅かに揺れた。どんだけニコルが怖いんだと一瞬思ってしまった。
が、先ほどのニコルを思い出してなんとなく納得した。従兄弟だというから、知ったのはもっと前なのだろう。
それにはアスランも先ほどの恨みを忘れて素直に同情出来た。確かに普通に軽くトラウマになるよなアレ。



「まず、が男のフリをしている意味は分かりますか?」

バレてしまった以上、誤魔化すことは不可能と思ったのだろう。ニコルが咳払いひとつ、アスランに尋ねた。
真剣な眼差しで見据えるニコルにアスランも畏まったように、問われた内容について考える。なぜだろうか。

「・・・?・・・周りが男連中ばかりだからじゃないのか?」

一般的に考えるのはそんな安易な答えだ。パイロット科は男ばかりなのだ。アスランは当然の様に応えた。
他に理由があるのか、と小首を傾げるアスランにニコルとはなんとも言えない笑みを浮かべる。何だ。

「それもあるけど、ね・・・」

妙に歯切れの悪い物言いでは肩を竦めた。そして、後はニコルに任せるよとニコルに視線を向けた。
いまいち理解出来なかったのかアスランはもう一度首を傾げた。何か言い難い理由でもあったのだろうか。

「…家は代々軍人家系ですから、引けを取ることも侮られることも許されないんですよ」

妙に淡々とした口振りでニコルは言葉を並べる。ニコルにしては珍しく、明らかに苛立っている風に思えた。
その隣で静かに話を聞いていたの表情を盗み見ると、困ったように肩を竦めながらにが笑っている。


負けてはいけない。常に上位でなければいけない。弱音を吐いてはいけない。男に侮られてはいけない。
・・・を縛る絶対的な鎖だ。その実力が無ければの女を語るな。そう言われて育ったのだ。
そして、は男のフリをしてアカデミーに通っている。それが、の出した答えだった。忘れられない。

あの日の母親の表情。吐き捨てられた言葉。自分の一人娘にも関わらず「弱い者は必要ない」と言われた。
優しくされたことなんて無かった。だけど、母親だったから好きだった。ちゃんと自分を見て欲しかったのだ。
だけど、自分の選択の結果、完全に見限られてしまった。分かっている。弱い自分に興味など示さない事。

だけど、


「そんな大それた理由じゃないけどね。要は女だからと馬鹿にされるな…ってとこ」

重々しい空気が流れかけた途端、笑みを浮かべてが言った。が、相変わらずぎこちない風に思えた。
とはいえ、折角場を明るくしようとしているの気持ちを踏み躙れない。「でも、良かったよ」。と、微笑む。

「アスラン・・・?」 「カプ・・・にまた会えて良かった」

アスランの素直な言葉は滅多に聞けるものではない。そう言い柔かく微笑んだアスランを思わず凝視する。
だが、直ぐにも柔かく微笑み「…私も」。と、笑って見せた。歳月は過ぎようと親友なのは変わらない。
アスランに、に、再会することが出来て素直に嬉しい。再会を喜ぶ二人を横目にニコルは目を伏せた。


男としてアカデミーに入ったことを後悔してはいない。だって、ちゃんとした誓いを持ち此処に居るのだから。
ただ、何と無く此処に居るわけではないのだ。成し遂げたいことがある以上、絶対に足を止めたりはしない。
自分はここで、として進んでいく。だから、もし、ちゃんと道を示せれば―――その時は。


(・・・そのときはもう一度、私を見てくれますか?母さん)

小さな 願い

たとえ遠く離れていても、心はいつでも近くに在ると信じている。言葉交わすことが無くとも、心は共に在る。
きっと、そう信じている。だからその日が訪れるまで走り続けよう。ここにはちゃんと笑える場所があるから。




希望を抱いて歩み続ける

2010年4月 脱稿