.....夢を見た。


――月面都市"コペルニクス"

『いかないでよ!』 『・・・ごめん。でも、きっとまたあえるよ!』
『そうだよ。だからもう泣くなって』

腰を屈め蹲るように座り込んで亜麻色の髪の少年はボロボロと涙を溢した。困った様に少女は肩を竦めた。
そして、そんな少年の傍に同じように屈んで亜麻色の髪の少年を覗き込み深紅の髪の少女が言葉を紡ぐ。
その言葉に同意するように、紺壁の髪の少年も亜麻色の髪の少年の頭を撫でて困った風に笑って見せた。

彼が泣く理由は少女が遠くに言ってしまうから。もう、今までのように会いたい時にすぐ会えなくなるからだ。
だから、少年は堪え切れずに泣いてしまった。深紅の髪の少女は困ったように二人の少年を交互に見た。

『・・・約束、できる・・・?』

亜麻色の髪の少年は菫色の瞳に目一杯の涙を浮かべて少年と少女を見た。その声は涙の所為か震える。
涙が零れそうなのを堪えて小指を差し出した。紺壁の髪の少年が差し出された小指に己の小指を絡めた。

『あぁ 約束だ』

そして、目で少女にも指を絡めるように告げる。それは言うまでも無い。少女もふわりと笑って小さく頷いた。
さも当たり前のように既に絡められた指の上から重ねるように己の小指を絡めた。三人だと少しやりにくい。
だが、それを外そうとは思わない。少年達と少女は友達だから。だからこれっきりにはならない。きっとまた。

『大丈夫だよ。きっとまた会える』

綺麗な闇色の瞳を細めて微笑み、その言葉を紡いだ。亜麻色の髪の少年は再び目を潤ませて少女を見る。
本当に泣き虫な子だとは小さく笑う。そして、キラとアスランの頬に順に軽く口付けを送った。会えるさ。


きっと、また――

それは、遠い日の約束。





「・・・っ・・・ん・・・」

ゆっくりと目を開けるとそこは見慣れたアカデミーの自室。視界が酷く暗い。はゆるりと視線を上げた。
覗き込むようにしてを見ている綺麗な翡翠の瞳と紫玉の瞳が絡む。さらりと紺碧の髪が零れ落ちた。

「・・・大丈夫か?」

紺壁の髪に翡翠色の瞳といえば一人しか居ない。同室者のアスラン・ザラが呆れたような顔でそう尋ねた。
その問いに答えるようにはゆっくりと口を動かした。「身体・・・ダルイ・・・」。が、まだ元気とは言い難い。
少なくとも重症では無いようだ。昨日、模擬戦の練習中にあろうことか水面に叩き付けられて高熱を出した。

「お前なぁ・・・さっきまで高熱出してたんだから当たり前だろ」

のマイペースな発言にアスランは小さく溜息を漏らす。そして、額に乗る濡れタオルを新しく絞り直す。
水に落ちたこともだが、普通コーディネーターは熱を出さない。の発熱に周囲がどれだけ心配したか。

「冷た!」

氷水で濡れたタオルは予想以上に冷たかった。先ほどまで温かったのも重なりは思わず声を発した。
予想以上に高熱を出していたらしい。道理で体がだるくてボーっとする筈だ。身体がまだ思う通り動かない。
だけど、熱は少し下がったし少しくらい動いても平気の筈。熱の所為で身体が汗でベタベタして気持ち悪い。

「・・・・・・シャワー浴びて来る。汗でベタベタして気持ち悪い」

まだ熱が完全に下がり切っていないからだろう。シャワー室に向かうその足取りはふら付きあぶなっかしい。
身体を支えるように壁に手を突きながらは足を進めて行く。アスランはその背を心配げに眺めていた。



(・・・夢、か・・・)

熱に魘される中 幼い頃の夢を見た


あの日からもう何年経過しただろうか。あの幸せだった日々と決別してからもうどれ程経過したことだろうか。
「・・・元気にしてるかな、あの子」。腰元までの艶やかな深紅の髪を水で濡らしながら無意識に呟いていた。
夢に出て来たからなのだろう。そして、起き掛けにアスランを見た。だから、二人の親友のことを思い出した。

確かが10歳で親友達が11歳の頃。祖母が"ユニウスセブン"に引っ越すから会えなくなると告げた日。
と彼らは俗にいう幼馴染という関係。亜麻色の髪をした彼はよりも1歳上だったが泣き虫だった。
優しい子だったが、人よりも寂しがりやで、よくともう一人の紺碧の髪をした幼馴染に泣き付いていた。

――それでも、とても優しい子だったと記憶している。


カタン

シャワー室の向こうで人影が揺れた


(・・・へっ・・・?)

深い闇色の瞳をドアへ向ける



「お前タオルも持たずにシャワー浴びるつもりか?」

そんな愚か者がどこに居るんだ馬鹿たれ!聞こえて来た声に内心こいつほんとに馬鹿だろと突っ込んだ。
が新たにタオルを出した事を知らずに親切心で前のタオルを片手にシャワー室に近付いていたのだ。
あまりに突然過ぎて、は反射的に脇に置いておいた篭の中に視線を向けタオルがあるかを確認した。

――ある。

「いや、私のは此処に・・・って、開けるなこのたわけっ!!」

せめてノックくらいしろよと怒鳴りつけるが時既に遅し。制止の声空しく浴室のドアが開いた。何の嫌がらせ。
同時には手元にあった固形石鹸をアスランの顔面に投げ付けた。反射的にアスランはそれを避ける。

「えっ・・・女?・・・・・・って、女ぁっ?!」

きっちりと閉じられたシャワー室の外で呆然と座り込みアスランは呟いた。これは一体何の冗談なのだろう。
最初に視界に飛び込んで来たのは女性特有のふくよかな胸。続きに、露わになった華奢で真っ白な柔肌。
アスランは鼻に尋常でない熱が込み上げるのを感じ咄嗟に鼻を押さえた。あまりに驚いて言葉にならない。


――。

父、トゥール・インテリジェンスはセクスティリス市の代表で評議会議員。
母、マコト・は白服FAITHで隊の隊長。

そんな二人の一人娘であるは性別学上列記とした女だ。齢は14歳。成績は常に主席を争そう実力だ。
そして、アカデミーで数少ない赤を纏うことを許された者。だが、何の手違いか男としてアカデミーに通う身。
ちなみに眉目秀麗・成績優秀と女性からの支持率も高い。人を寄せ付けやすいのは彼女の人柄故だろう。


(・・・あーぁ、バレちゃった・・・)

シャワーからお湯を出したまま 考え込む

が、いずれバレていたことだろう。何せ同室なのだ。バレそうならいつか自分から話そうと考えていたのだ。
ただ、予定が狂ったのはこんな形でバレたことだ。純粋なアスランには少々刺激が強過ぎたかも知れない。

「・・・後でニコルに報告しないと・・・」

何と言うかあの無言の笑顔が物凄く怖いけど。されど言わなかった方がもっと怖い。それだけはお断りだ。
それより今しなければならない事。それは、「アスラーン!私のシャツ取って〜」。平常心で対応することだ。
下着とサラシを巻き終えた後、外に居るだろうアスランに呼びかけた。というか、ホント大丈夫なのだろうか。

「!!」

アスランから返事が無い。不思議に思いドアを開けると外に居たアスランと目が合う。居たなら返事しろよ。
そして顔を真っ赤にしたアスランが「!!」、と声を荒げた。が、には別段怒られる理由が無い。
何怒ってんの?と尋ねるとアスランは俯きワナワナと肩を震わせる。何か拙い事を言ったか?首を傾げる。



「お前は女である事を自覚しろっ!!!」


――案の定、怒られた。

でも、アスラン。そんなデカい声で叫んだら隣に聞こえるじゃん。端の部屋だから良いが聞こえたらどうする。
ここで想定外でいろんな人にバレてみろ。ニコル以外からまで説教される破目になる。それは謹んで断る。
というより、昔のまま初心に成長したらしい。あの頃と殆ど変わっていない事が嬉しくては目を細めた。




まだ約束は揃ってはいないけれど君に会えてよかった

2010年4月 脱稿