「・・・つかれちゃった」

そう言って手元のパソコンの電源を順序も護らずに強制終了させた。一瞬にして画面がブラックアウトする。
これが如何にPCの負荷になるかパソコンに関する知識が乏しくとも何となく察せられる。でも、どうでも良い。

――関係無い。

今は何も考えたくなくて、私はそのままベッドに寝転んだ。そして携帯に目を向ける。何となく手を伸ばした。
そして手に取った携帯の電話帳を開いてから一人ずつ名前を消していく。昔ながらの友人の名前も全てだ。
もしかしたらもう2度と連絡先を得られない子もいるかも知れない。だけど、それでも構わないと思ったんだ。

だってそこで終わるならばその程度の関係に過ぎない。縁が無かった。正直、今の私には負担でしかない。
特に感慨もなく順に消していく。そして次に受信メールを開いた。これもまた一通ずつ開くわけでもなく消す。
消してしまったらすっきりするかなって思ったんだ。だけど消したところで結果はまるで変わらないのだけど。
胸の中を渦巻くなんとも表現し難いそれが消える筈もなくただ虚しさが増していくだけだった。空っぽの感覚。


どうして、ここに私は存在しているのだろう。

こんなにも――不毛で無意味な存在だというのに。


携帯を投げ捨てる様に枕元に放る。そしてふたたび天井を仰ぎ見た。特に何か理由があったわけじゃない。
ただ、すべてが気持ち悪くて何も考えたくない。思考する力を殺がれている。固着することがくだらなく思う。
面倒臭い、の一言で片付けるべきではないのかも知れないが、今の私の心境をたとえるならそれに尽きた。
どうすればこの感覚を払拭することが出来るのだろう。どうしたら逃れられるのだろう。終わりばかり考えてる。
正直、自分でも何から逃げたいのかとか、どうしてこんなにも追い詰められているのかよく分からなかった。


――・・・めんどうくさい。

自然と深い溜息が零れた。吐きだす息と共にこの感覚が消せたら良いのに。不意に携帯の受信音が鳴る。
少しだけ、後悔しているらしい。誰から来たかも分からないその受信音にびくりと肩を揺らした。見たくない。
誰かと話したい気分ではない。かと言って無視も出来ない。私も所詮、社会という歯車の一部に過ぎない。

だから全ての関係を絶って孤立することなんて出来ない。メールや連絡先を消したところで意味なんてない。
ただ在るだけの存在にはなれない。歯車の一部として起動しない限りはその存在に意味など存在はしない。
本当に求めているものと違うのにそれを選ぶことは許されない。縛られることが堪らなく苦痛に感じられた。
緩慢な動作で携帯を手に取りメール画面を開いた。件名は無題で、本文の第一行目はこう書かれていた。


――【現実は物足りない?】


・・・と。意味が分からない。迷惑メールの類なのだろうけど思わず眉を顰めた。横にスクロールバーがある。
つまりまだ残りの文章があることが窺えた。消してしまおうかと思った。どうせ新手の迷惑メールなのだろう。
そうは思いながらも指先は無意識にバーを下げて続きを読もうとしていた。後に続いていた文章はこれだ。


【非日常が欲しい?】 【そんなきみにひとつ プレゼントだ】 【おいでよ 銃弾飛び交う世界】
【ハートを奪われたら帰れない】 【ワンダーランドへ】 【帰ってきなよ】


正気の沙汰とは思えない内容。文章とも言い難い言葉の羅列。迷惑メールでも今どきはクオリティが高い。
にも関わらずこの陳腐なメールは何だ。その言葉の羅列が指す世界観は知っている。とあるゲームの世界。
最近プレイするようになった乙女ゲームの世界観だ。たくさん出ていて追いつけてないけど内容は知ってる。

銃弾飛び交うワンダーワールド。ハートを奪われたら帰れない、歪んだ時間の国。ゲームは嫌いではない。
吐きそうなくらい甘さが目立つがそれは乙女ゲームというジャンル上、仕方がない。目を瞑ることにしている。
設定の上ではこの物語を私は割と気に入っている。だからこそ気にくわなかった。この迷惑メールの存在を。

自分の好きなものをチープな迷惑メールに汚された様になったからだろう。それならば消せば良かったのに。
それでもご丁寧に最後までスクロールした私は優しいというか暇人というか、たいがいの酔狂なのだと思う。
否、そんなどうでもいい事で発散しないといけないくらいに滅入っていたということ。長い空白に募る苛立ち。
漸く辿り着いた最後の一文。だが、それを読んだ瞬間に背筋がぞくりとした。読まなければ良かったと後悔。


――【さあ ゲームがはじまるよ 


世界が反転する。落ちていく感覚と遠ざかっていく世界に無意識に手を伸ばした。でも掴める物なんてない。
何もつかめずにただ落ちていくだけ。その瞬間に思ったんだ。私は最初から何も持っていなかったんだ、と。
縋って掴まれる様なものなんてどこにも無い。この世界は私には合わない。もうずっと前から気付いていた。
この平和すぎる世界において私は異物でしかないんだって、ずっと分かっていた。だから溶け込めなかった。
異物だからいつまで経っても、どれだけの時間を生きたとしても馴染めない。違和感を抱えて存在するだけ。



気が付くと何処とも知れぬ場所に私は居た。どう形容したら良いか分からない異質な空間に安堵を覚える。
あまりにも心地良くてもう一度目を閉じようとした瞬間、声が聞こえた。気だるいが声に反応して目を開いた。
周囲に目を向けるがそこには誰も居ない。気の所為だったと思いもう一度、目を閉じようと緩々瞼を降ろす。

が、


「眠ってはいけないよ、

「おかえり」と、今度は先程よりずっと近くて声が聞こえる。驚き目を開けるとそこには今にも死にそうな男性。
おそらく初対面の筈の彼はそう言って酷く優しい手付きで私の頭を撫でた。私は「誰?」と、尋ねようとした。
だけどあまりに億劫で口を開ける気すら起きない。目の前の死にそうな彼は隻眼を細めてフッと微笑んだ。

手を引かれて、簡単にその腕の中に落ちる。彼は何か囁いている様だが音が水の中に入った様に篭った。
音はぼやけていてよく聞き取れない。だけどその声が睦言を囁くように甘く優しくてなんともおかしな気分だ。
何を言ってるのか分からないのに彼は壊れ物を扱う様に私に何かを囁いている。初めてなのかも知れない。

こんな風に扱われたこと。

だから、勘違いしそうになる。嗚呼そうだ、きっと勘違いに過ぎない。フッと自嘲の笑みが零れた。これは夢。
夢は己の本質的な願いの象徴だとすれば、私はこんなくだらないことを望んでいたなんて。あまりに滑稽だ。
滑稽過ぎて嗤いしか出て来ない。それでも彼の手があまりに心地良くてもう少し浸っていたいと思ったんだ。



ねえ、夢をみよう?

(叶わない夢ならいいのに、なんて)



ゆめのはじまりと、おわり

2013年11月5日 脱稿