2013年11月5以前 脱稿
あれからどれだけ時間帯が経ったのかは分からない。でも、私はいままでの日常を取り戻すことができた。
墓守領の自室でずっと本を読んで過ごしている。必要な時に食事を取りに行くために食堂をたまに訪れる。
それ以外は基本的に部屋で過ごしていた。部屋を訪れる人は限られている。この領土の領主、ジェリコ様。
そして、
この間は他領からたった一人で帰って来た私を見て相当驚いたのだろう。久し振りに両親と顔を合わせた。
抱きしめられて、泣かれた。今こうやって私が生きていられるのは領主のジェリコ様の心が広いからだ、と。
基本的に他領土への移住は許されない。住んでいたわけじゃない。でも普段から滅多に外出しない私だ。
そんな子が突然姿を消せば誤解もされる。そして見事に誤解されてしまった私は母に思いっ切り叱られた。
「どうして外なんかに出たの!?」と、涙声で詰め寄られ「なんとなく」とだけ答えた。何となくなわけがない。
私は本の虫で引き籠りだから気紛れだとしても外出はしない。ましてや他領土を訪れるなんてあり得ない。
あり得ないんだよ。でも、私を連れ出したその人の名前を出すことはしなかった。ううん、出せるわけない。
――元・余所者のエース様。
ジェリコ様と両親以外に珍しくも私の部屋を訪れた奇特な人。あまつさえ私の部屋で居座り寛ぎ出したり。
果ては私を外にまで連れ出した人。優しくて、でも、優しくない。私の年の近い初めての友達"だった"人。
その手を掴めなかったのは、呼び止められなかったのは他の誰でも無い私自身だ。だって無理なんだよ。
彼と私は違い過ぎる。彼は意味のある存在で、私は無意味な存在。一緒に並んで良い筈が無かったんだ。
一緒に居ることはとても楽しかったし、とても新鮮だった。だけども同時にいつも不安に苛まれ続けていた。
いまは少しだけ安堵してる。この慣れ親しんだ日常に戻って来ることができて良かった、と。心から思える。
私の存在場所はここだ。
誰とも交わることもなくただここで朽ちていく。外の世界を見てみたいだなんて分不相応なことは考えない。
無意味なら無意味らしくその場所に存在するべきだ。ほかと関わろうなんておこがましい。弁えるべきだ。
だから私は取り戻せた日常を大切にすべきだと思う。なのに部屋を見渡すと夢の残り香が微かにあった。
捨てるなりなんなりすれば良かったのに出来なかった。彼が忘れていったテント設営に必要であろうペグ。
処分出来なくて今もテーブルの引き出しに仕舞われたまま。返す宛てもないのに残している自分が居た。
ペグの予備はおそらくたくさんあるだろうから一つくらい無くしたとしても問題ない。いくらでも代えは利く筈。
・・・・・私も、このペグと同じ。
「食事・・・しなきゃ・・・」
考えることが憂鬱になって引き出しを閉めて呟く。そういえば今日はまだ一食も摂っていなかった気がする。
流石に一食も食べないのは拙い。それがジェリコ様にバレたら問答無用で監視付きの食事が待っている。
なまじ前科がある分、断ることは許されないだろう。監視は御免だ。ふらふらした足取りで食堂に向かった。
この時間帯ならまだ人も少ないだろうからちょうど良い。さっさと食事を受け取って早く部屋に戻って来よう。
廊下に出ただけでこんなにも音が充満しているのかと驚いた。私の部屋は基本的に切り離された空間だ。
外部の音が殆ど入らないだけにたくさんの音に驚きを隠せない。何人か知り合いに声を掛けられて応える。
食堂に辿り着いて、今日のおすすめのAセットを受け取る。そして早々に部屋に戻ろうとして足が止まった。