「えっ・・・・・・?」

父から告げられたその言葉に、思わず耳を疑った。否、信じられなかった。だって、そんな事はありえない。
自惚れでも、思い込みなんかでもないんだ。昔からずっと、以外の誰かを考えたことなんて無かった。

(だって、僕らは・・・)

整理が追いつかない

ずっと一緒にいられるのだと信じて疑わなかった。婚姻統制上の適合率も一致して、誰からも祝福されて。
そして、ずっと同じ道を歩き続けるのだと信じてた。この道が交わるのはだけで、それ以外ありえない。

だから――


『・・・お前達は結婚する事が出来ない』

そんな言葉 信じられると思いますか?



「嘘・・・ですよね・・・?」

ほとんど無理矢理に笑みを貼り付けて尋ねた。だが、余程無理があったのだろうか、その笑みは空笑いだ。
むしろ、それ以外の言葉なんて聞きたくないとすら思った。情けない話、縋るような気持ちで紡いだ言葉だ。

「・・・・・・すまない」

だが、申し訳なさそうに父から紡がれたその言葉は現実。ニコルはただ呆然と佇むことしか出来なかった。
たとえ信じたくなくともそれは紛うことなき真実。どれほど足掻いても決して覆されないのだ。どうしてなのだ。

「適合率が足らなかったから・・・・・・ですか?」

真っ直ぐにユーリを見据えるニコルの瞳は13歳とは思えぬほど強い光を宿す。だが、同時に不安に揺れた。
それを目の当たりにし、ユーリは改めて罪悪感に瞑目した。足りないのではない。その方がまだ良かった。

「・・・いや、違う。適合率は十分だった」

むしろ、十分過ぎる位。息子からの視線に耐えかねて、ふっと目を伏せた。なんと説明したら良いのだろう。
あんなに一緒に居ることを望んだ二人を引き離して別の誰かと結び付けなければならないなんて。ひどい。

「なら・・・どうして・・・っ・・・!?」

歯切れの悪いユーリの言葉に耐え兼ねて、思わず声を荒げた。ニコルのその言葉にちくちくと棘が刺さる。
ニコルが怒るのは当然だ。適合率も足りて、二人の思いも一致している。なのに何故一緒になれないのか。

平静でいられるほど、ニコルの心は未だ大人にはなれない。そんな余裕なんて微塵も存在しないのだから。
どうしてと一緒に居られないのだろう。どうして、自分の隣に居るのは別の人だと言われてたのだろう。
何故、と、何度もその言葉が脳裏で反復されたけど、自分の納得出来る。欲する答えは一度も出なかった。
ただ、切なさとほろ苦い痛みだけが心を支配した。どうして届かないんだ。どうして、一緒に居られないんだ。


どうして――


「・・・逆に十分すぎたんだ。の血を生かすには。」

まるで忌まわしいものであるかの様に、ユーリはその言葉を言い放った。否が応でも事の重大性を悟った。
そして、最早、それは覆すことの出来ないところまで来てしまったのだと。だが、それでもまだ納得できない。

の血・・・?」

の苗字。本来はの父であるトゥールの苗字からインテリジェンスである筈だった。
にも関わらず、は父親の姓を名乗らずに母方の姓であるを名乗り続けた。それはなぜか。

そして、同時に前からずっと不思議に思っていた事があった。なぜ、家に男が生まれないのか。
家督を継ぐのは代々女性のみで、その女性も常人よりも数倍優れた特異体質の子供ばかり誕生するのか。


「・・・これ以上、の血を生かすわけにはいかないんだ。わかってくれ」

ユーリは宥めるようにそう告げた。だが、本当は分かりたくなんてない。理解なんてしたくないのだ。だって。
ずっと、これは幼い頃から描き続けた夢なのだ。いつか、が妻となり共に過ごせる日が訪れる未来を。
ずっと、ずっと――もう何回も描き続けてきた。気持ちが同じである限り、その夢は必ず叶うのだと信じてた。


――理屈ではない。ただ、一緒に居たい。


家の血は縁より深く血よりも濃い。適合率が90%を超えれば確実に血を継ぐ女子が生まれる。
そもそも、家の者は遺伝子適合率90%以上の男と婚約し、結婚、17歳で出産を義務とされる。
つまり、90%以上の者と交わり続けることでその純潔を保ち続けてきた。微塵の乱れも無く存在し続けた。

その結果、のようなコーディネーターの中でも一際優れた特異体質の子供を生み出すことに成功した。
が、ナチュラルであれコーディネーターであれ、出来過ぎた存在という者は驚異的な存在でしかないのだ。
家の者はナチュラルとコーディネーターのどちらとも分類されない。故に、化け物と呼ばれた。


「だからですか・・・?そんな事の為に僕らは一緒になれないんですかっ!?」

ニコルはそのブラウンの瞳に僅かに雫を溜めて言い放った。頭では理解できた。でも、心が受け入れない。
確かにの血は存在してはいけないと思う。こんな結末が待ち受けるなら存在してはならない。


父から聞かされた話はおおよそ信じられる代物ではなかった。それでも、事実である以上認めざるえない。
だが、納得は出来ない。自分達が一緒になれない理由の全てはに帰結するなんて。できない。
出来るわけがない。だって、あの日の夢はまだ遠くで輝き続けているのだ。いつか叶うよと囁き続けている。

あの日、恥ずかしそうに笑って身を寄せたを忘れない。彼女は自分が護り続けるのだと心に誓った。
まだまだ自分は子供で今は護るなんて無理だけど。成人して独り立ちした暁には自分が彼女を支えようと。
辿り着いた先はと二人で過ごす未来なのだと信じている。でないと要らない。が良いんだ。



『ぼく、おおきくなったらとけっこんします!』 『じゃあ・・・ニコルとずっといっしょにいれるの・・・?』


あれから幾度年を重ねただろうか?

はじまりは小さな子供の無邪気な願いだった


『私・・・ニコルのお嫁さんになるっ!』 『はい。ずっと一緒に居られたら・・・きっと楽しいですよ』


それでも、いつしか不変の願いに変わった

変わらぬ想いが、そこに存在したんだ


『一緒に居たいと思える人が居ることは、とても幸せな事だと思うよ』


変わらない、いとしい笑顔がそこに存在するのに――





「それが一番、ちゃんの為にも、お前の為にもなることなんだ・・・っ!」

父の怒号に似た言葉に思わず身が竦んだ。その表情を盗み見ると酷く悲痛なもので思わず言葉を失った。
誰一人として、この結果に納得いった者なんて居なかった。だけど、誰もこの運命を変えることは出来ない。

「・・・っ・・・」

ニコルは拳を握り締めて俯いた。言葉を返す余裕など無い。自分の中で滾る激情を堪えるのに必死だった。
どうしてどうしてどうしてどうして――不毛な問いかけを何度も繰り返す。無駄だと知っている。それでも―。


『だから――私は今一番幸せだと思う。』


以前にが嬉しそうに笑って言っていた言葉を思い出した。一緒に居られて嬉しいと彼女は笑ったのだ。
そして、初めて二人は掠めるだけのキスを交わした。互いに照れ臭そうに笑って顔を背けた。幸せだった。


だけど――


きっと、そこには一生手が届かない。

どれほど 『すきだ』 と 叫んだとしても――




この声が枯れるくらい叫べばよかったのだろうか

2010年4月 脱稿