オノゴロ島.....


!浜辺に人が!!」 「・・・カガリ様、そんな大きな声を出さずとも聞こえてます」

喚き声に近い声を発しカガリが金糸の髪を靡かせて部屋に飛び込んで来た。喧しいと小さく溜息が漏れる。
その声に面倒くさそうに言葉を返すのは濡れ羽色の髪に漆黒の瞳の少女。何とも淡白な返答だと思った。


オーブは中立国である。故に、ナチュラルもコーディネーターも平等に受け入れるのが国の理念であった。
だからこそ、コーディネーターである紗恵も受け入れたのだ。が、そもそも彼女はナチュラルに近い容姿だ。
コーディネーターには珍しい髪と瞳の色である彼女の名は・アスカと言った。齢は16歳とまだ年が若い。

されど、コーディネーターである為、既に成人済みだ。此処、オーブのオノゴロ島でのんびりと暮らしている。
一見すると華奢で大人しそうな少女だがその本職はオーブ軍の大佐でありモルゲンレーテ社の影の総帥。
そして眼前の少女、カガリ・ユラ・アスハの直属護衛である。だが、カガリに対する態度はたいそう冷たい。


「冷静にしてる場合か!私一人じゃ引き上げれないんだ!手伝ってくれ!!」

あまりに冷静且つ冷たい態度のに思わずカガリは脱帽する。なんでこいつはいつもこうなんだと思う。
というか、何でこいつを護衛にしたんだと思った。そして、疲れ果てた様な声で協力してくれと言葉を発した。

「・・・カガリ様でも引き上げられないなんて…男性ですか?」

カガリの言葉から推測するに、その人物はおそらく男なのだろう。力馬鹿のカガリが担げない筈が無い。
は自分で発した男という言葉に嫌悪の色を示しながらも、仕方ないと言った様子で重い腰を上げた。





「此処だ!」

先走るように男に駆け寄り、カガリは後ろをのんびり歩くに「早く来い!」と手招いた。綺麗に砂塗れだ。
相変わらずは自身のペースを乱す事無くカガリと行き倒れの人物の方にのんびりと歩み寄って行った。

「!!・・・・・・・・・これはまた厄介な拾い物しましたね。」

浜辺にうつ伏せに倒れている男の服装を見て、は一瞬眼を見張った。そして、僅かに眉を顰めて呟く。
何で此処に軍人が居るのだろう。しかも、あの時代の軍人が。小さく溜息を吐いてカガリを横目で見遣った。

「見つけてしまったものは仕方ないだろ!?」

の嫌味な言い方が癪に障ったのか、怒鳴るようにしてカガリが言った。「誰も責めてませんよ」。溜息。
だが、そんなカガリの態度は慣れた。はカガリを無視して男の傍に屈んだ。帝国軍には珍しい毛色だ。

青年は新緑の軍服を纏っていた。肩には将校の証である赤星が3個描かれていたワッペンが貼ってあった。
線の数からしておそらく、彼の階級は大佐くらいだろう。綺麗な金髪は海水と砂のでベタベタになっていた。

(・・・ん?ネームプレート・・・?)

視界に映ったそれに視線を落とす


「・・・『30999 エバ・マクスウェル』・・・?」

男の直ぐ傍に落ちていたネームプレートを拾い上げた。隣から覗き込みカガリがそこに刻まれた名を紡ぐ。
そういえばこのネームプレートはあの子も持っていた気がする。エバとやらは海上機動隊のようだけれども。

「彼の名のようですね。・・・軍人ですよ、この人」

可能性は限りなく低い。期待するだけ無駄だとは小さく溜息を漏らし、うんざりした様にカガリに告げる。
そして、エバの肩に腕を回して抱き上げた。流石軍人というべきか、小柄な体で男を引き上げる力は凄い。

「その、何だ・・・重くないのか?」 「これを見てそれを仰るおつもりですか?」

咄嗟に呟いた言葉に、間髪入れずの爽やかな笑顔と同時に嫌味な言葉が返って来た。全く口が悪い。
この皮肉さえなければ本当に良いヤツだと素直に言えるのに。と、カガリはいつも思っていた。なのに何で。

(厭味ったらしい返し方しか出来ないんだ)

顔だけは可愛いくせに


「・・・とにかく、急いで家に戻りましょう。身体が冷えている分、危険ですから」

小さく息を吸い込み、エバを支える腕に力を込めた。そして、真剣な眼差しでカガリに向けて言い放った。
別に特別思い入れがあるわけではない。ただ、何と無く、あの子と一緒だと考えると放って置けなかった。

思ったよりエバの身体の体温は下がっていた。体温が下がるということは生命活動が衰えるということだ。
つまり、世辞でも良い状態だとは言い難い。このまま死なすのは良い気がしない。溜息を漏らし足を急いだ。



!こいつ・・・助かるのか・・・?」

何とか体調を整え直したエバは今は静かにベッドで寝息を立てている。エバを見遣りながらカガリは問うた。
カガリはとても優しい娘であるから、傷付いた人を放って置けないのだろう。ただ、それはこっちが聞きたい。

「病人の前で騒がないでください。この程度で死にやしません。でなけりゃ軍人なんてやってられませんよ」

と、興味の「き」の字も無さそうに言葉を吐き捨てた。そして、再び読みかけていた小説へと視線を落とした。
大丈夫だというのは分かったがそれにしてもあまりにも淡白だ。もう少し心配しても良いのにとカガリは思う。

「それぐらい分かってる!でも・・・っ・・・「カガリ様」」

それでも尚、食い下がろうとするカガリにはうんざりした溜息を漏らす。そして、鋭い視線を向けて言う。
「目覚めたところでこの男は取調べを受ける事になります」それは、彼が軍人で在る以上、免れない事だ。
と、その冷淡な視線に肩を竦ませたカガリにはっきりと告げた。それはつまり捕虜扱いだという事である。

カガリは分かっていると言った。しかし、本当はまだ理解できていないのだ。だからこそ「でも」が出て来る。
軍人としての性、そして、軍に属することの厳しさというものを知らない。エバも目覚めれば仕方ないと言う。
軍人なら、自軍でない場所に居ると分かれば直ぐに理解する筈。自身が危険に晒されているということに。


「・・・取り調べる為だけに助けたのか?」

の言い方からすればそうとも取れた。信じられないといった表情でカガリは愕然とを見つめた。
優しい奴だと思っていた。だが、軍人は軍人でしかないのか、と。衝撃の方が強かったのかも知れない。

「・・・否定はしません。私は軍に属する身であり、カガリ様の護衛ですから」

国の安全と、貴方の身の保障が最優先事項です。と淡々と言葉を紡ぎ、掛けていた眼鏡を外し本を閉じた。
そして、伏せていた目を上げて真っ直ぐにカガリを見据えた。その瞳に感情の色が一切見出せなかった。

そこまでは建前だ。だが、別にエバの死を望んでいるわけではない。きっと、カガリは完全に失念している。
の立場はオーブ軍の大佐。指揮官として取調べを行う立場でもあるということに。どうとでも動かせる。
ただ、今は少しでも休んでもらいたいだけだ。なのに、カガリの喧しい声がBGMではおちおち休められない。
だから、少しばかり黙ってもらおうと思った。・・・自分でも、多少強引なやり方であったと思うが致し方ない。



パンッ

乾いた音が響く


「・・・っ・・・お前・・・!!」

頬に走った鋭い痛みでハッと我に返った。少しヒリヒリする。最初に目に映ったのはカガリの憤怒の表情だ。
言葉にならない怒りを抑え込もうとしているのか肩がワナワナと震えている。本当に情に篤いお人だと思う。

「言い方が御気に召しませんか?ですが、それが真実です。・・・貴方が思うほど軍は甘くない」

徐々に叩かれた箇所が熱を持った。しかし、それを気にする事無く紗恵は冷ややかにその言葉を紡いだ。
その漆黒の瞳は驚くほど澄んでいた。同時に深い色を宿した。カガリの怒りに怯んだ様子は感じられない。

捕えられれば捕虜として尋問を受ける。同時に、屈辱を味わう破目になる。それが軍人という生き物の性。
国為とならば、最初に切り捨てられるのも軍人だ。いかに綺麗事を並べ立てようとそれだけは変わらない。

「国を・・・いえ、護るべきものの為に私達は軍に属しています。その為ならば他の犠牲も厭わない」

それでも尚、貴方は愚行だと憤りますか?そう言い、真っ直ぐにカガリの金色に近い褐色の瞳を見据えた。
紡いだ言葉は微塵の容赦の色も無くカガリに現実を突き付けるだけ。理解は出来る。だが、納得出来ない。

「・・・っ・・・それは・・・・・・!」

言葉に詰り居心地悪そうに地面に視線を落とした。何とか反論しようと口を開くが上手く言葉が出て来ない。
そんなのあんまりだ。ならば何故、エバを助けたのだろうか。最初から始末すれば良かったんじゃないのか。

「言葉が過ぎましたね、申し訳ありません」

悔しそうに唇を噛み締め拳を握り締めるカガリに小さく溜息を漏らして言葉を紡いだ。が、訂正は出来ない。
そして、スッとカガリから視線を外すとエバの方にゆっくりと歩み寄った。幼い寝顔だとは小さく微笑む。

「・・・紗恵・・・?」

彼女の行動を図りきれたことは無い。だが、いつも以上に理解不能なその行動にカガリは尋ねる様に呟く。
はベッドに近付くと、魘されているエバの額にそっと手を当てた。そして、嘗て居た場所に思い馳せる。

(・・・彼も生き残りなのか・・・)

この世に果たして何人生き残りがいるのだろうか?

あの世界はあまりにも悲しい場所だった。憎しみが憎しみを呼び、欲望が破滅を呼んだ。そして終わらない。
終わらない連鎖の中で悲しみと憎しみが入り混じり、誰かを殺め、傷付けて己が生き延びた。そんな場所。
あそこに居て自分は何度も壊れそうになった。だけど、掌に残った僅かな宝物を落としたくは無かったのだ。
だから、最後まで自分らしく居られた。誰を殺めることも、傷付けることも無く。そして、たくさんの物を失った。

――あまりにも冷たい、そんな場所からの来訪者。



「・・・・・・人間って本当に愚かな生き物ね・・・・・・」

少しだけ熱が下がり穏かな寝顔を見せるエバに優しい笑みを向けた後、表情を戻し吐き捨てる様に呟いた。
羽虫のささやく程度の小さな声ではあったが耳に届いたのか、カガリはきょとんとした顔でを見遣った。

人間とはかくも愚かしく、悲しい性を持った生き物だ。傷付け合うことでしか平穏を護ることが出来ないのだ。
己の平穏を守るために誰かを傷付ける。全てがそうでないと理解していたところで思わずにはいられない。


「・・・彼もまた、自分の大切なものを守ろうと立ち上がったんですよ・・・あの子と同様に」

此方を見つめるカガリにフッと微笑みかけて、もう一度エバの髪を軽く撫でた。その瞳は慈愛に溢れていた。
滅多に見せないその優しい目をカガリは見つめて、そして思わず笑った。こう見えて根は良いやつなのだ。

「何を笑ってるんです?気持ち悪いですね」

と、冷ややかに切り返す紗恵の言葉に、眉を顰めて「・・・前言撤回だ」とカガリは小さく呟いた。毒舌過ぎる。
そして、は再び椅子に腰掛けて眼鏡を掛け直してから再び小説を開き続きを読み始めた。監視だろう。


心優しい人だから他人を慈しめるわけじゃない。心の痛みというものを自分も知っている。理解している。
だから、同じ人を労わってやれるにだけ。単なる自己満足にしか過ぎませんよ。所詮は傷の舐めあいです。

・・・いつだったかは言った。

でも、違うと思う。は本当に心優しいんだ。心優しいから、誰かを思い遣ることが出来て労われるのだ。
性格は屈折してるし、決してパッと見じゃ優しいとは言えないけど。それでも優しい奴なのだと言い切れる。




護りたいものがあるんだ。

2010年4月 脱稿