いつの時代だって世は混沌としている。血を血で洗い流す世と、金に買われる世の中と大差など無かった。
世界はいつも白黒。幸せになるのを諦めて、たった一人の弟を護りたいが為に形振り構わずに居たあの頃。
それが自分のさだめなのだと思っていた。それでも後悔だけはしてない。選んだのは自分自身なのだから。

だから生きてた。―――どこかで光を求めながら。

そしてある日、突如として見知らぬ世界に飛ばされたのだ。あり得ない事に命の危険にまで晒される始末。
しかしそこでたった一つの太陽と出会った。凛然と佇んで、怜悧な眼差しをしながら冷静に世を見据える人。
我の奴隷になるがよい――と、とんでもない事を言う人だ。とんでもない。正直あり得ないと本気で思った。
だが生きるには居場所が必要だった。甘んじてそれを受け入れた。奴隷になんてなりたくなかったけれど。

そして、月日が過ぎた。
いつしか、それは己の存在意義になっていた。





薄暗い牢に不意に明りが灯った。顔を上げると隆景と元春、そして、宍戸隆家の元に嫁いだ筈の五龍の姿。
名を呼んだのは隆景である。は僅かに目を丸くして驚いた後、直ぐに困った様に肩を竦めて微笑んだ。

「隆景様・・・元春様と可愛様まで。斯様な場所に参られては・・・」

なりません。と、言いかけたの言葉を遮って3人が距離を縮める。どの顔もどことなく元就に似ていた。
父と子なのだから当然である。しかし、似過ぎている所為かあまり母を思わせる部分が見当たらなかった。
否、本当は似ているかも知れない。が元就の妻、妙玖を――否、美伊を知らないから気付かないのか。

「そんな事よりもお前、親父殿と何があったんだよ?」

最初に口火を切ったのは次男坊の元春だ。誰もが元就との間に何があったのだろうかと気遣っていた。
先程訪れた隆元といい優しい人達だと思った。は困った様に苦笑を浮かべて「それは、」と言葉を濁す。
言えないわけではない。しかし、言葉にしたくない思いと、どう説明すれば良いのかが浮かばないのである。

「妾たちには言えぬ事なのか?」

そう尋ねたのは五龍だった。覗き込むようにの顔を見遣ったその瞳は琥珀色でとても元就に似ている。
おそらく彼女は4人の兄弟の中で最も顔立ちや性格、その気性と父、元就に似ているだろうとは考える。
それ故に五龍の瞳は大好きだ。しかし今は同時に苦い思いを募らるだけ。はゆるゆると首を横に振る。

「・・・いえ、そうではありません。ただ、どう申し上げれば良いのか分からないのです」

無意識に口元に浮かぶのはにが笑いだった。自分よりも年若い子供を相手に醜態を晒す羽目になるとは。
元就に拾われて間もない頃に毛利4兄弟と出会った。だから決して過ごした時間は短いとは思っていない。
気が置けない存在であるのは確かだ。それでも、これに関してだけはやはり話すべきなのか悩んでしまう。

彼らが父である元就をどう思って見ているのかは知らない。例の件とてあくまでが感じただけの話しだ。
勝手に思いこんで傍に置いて欲しいと、奴隷にあるまじき言葉を吐いた。あまりにも愚かしい行動だと思う。
それでも自信を抑止する事ができなかった。確かに孤高の姿は美しいと思う。だがどうしても嫌だったのだ。


は事実を述べただけだよね」

言葉を詰まらせたに代わって言葉を発したのは隆景だった。迷い無く紡がれたその言葉に視線が集う。
まさかそんな風に言って貰えるとは思っていなかったのか、は驚いた表情を浮かべて隆景を見つめた。
そしてふと隆景の顔にある小さな痣に気付いた。大人しい子である為、普段は滅多にこんな傷を作らない。

「隆景様。そのお怪我は一体・・・」

牢の柵越しにが気遣う声で傷に障らない様に手を伸ばす。伸ばされた白い小さな手を隆景は掴んだ。
「ね?」。と、言葉足らずに紡がれたその一言にはきょとんとした表情を浮かべて隆景を見つめ返した。
滅多に見せないだろう隆景の柔らかな笑みを見てどれほどに心を開いているのか察する事が出来る。

「おい隆景!どういう意味だ?」 「分かりやすく申せ」

完全に二人の世界であるそれを無視して兄姉が問うた。その言葉にやれやれと溜息を吐いて目を向ける。
如何に聡明だと謳われる2人であろうとあまりに言葉の足らないそれを理解しろと言われたところで無理だ。
隆景は気だるさそうに視線を漂わせた後、小さく息を漏らした。そして、「・・・めんどくさい」。と、小さく呟いた。


「・・・・・・父様、いつもよりも珍しく感情的だったから」

あんな事、滅多に無い。

とは言えども、説明しろと迫る猪突猛進な傾向に元春と五龍を相手にして沈黙はおそらく許されないだろう。
隆景は暫らく沈黙した後、面倒臭そうに口を開いて紡ぐ。本人的には分かりやすく言ったつもりなのだろう。
しかし明らかに分かりにくい。ますます訳が分からないと首を傾げる元春。そして冷やかに隆景を睨む五龍。

「妾は分かりやすく言えと申した筈よ」

毛利元就の次女五龍はおそらく容姿性格共に最も父に似ている。しかし、その気の短さはまた別ルートだ。
静かに怒りを堪えながら隆景を睨み据えるその様は末恐ろしい。だが、まだ手が飛ばないだけマシな方だ。
いつにも増してすこぶる機嫌の悪い姉の様子にこれ以上の飛び火は堪らないと思ったのか言葉を続けた。

が父様の図星を突いたんじゃないの?」

続けた言葉には目を丸くして隆景を見た。まさか自分が彼の詭計智将の図星を突けるとは思えない。
否定しようとした瞬間、脳裏に先ほどの遣り取りが過った。牢に放り込まれる直前に言われたあの言葉を。
思えばあんな風に感情的な言葉を向けられたのは初めてかも知れない。しかし、あれは――あれは違う。


『・・・そのような目で我を見るな』

きっと哀れまれたのだと思ったのろう。誇り高い方であるからたかが奴隷風情に哀れまれるなど許せない。
懇願に近い想いは違う意図として取られてしまい結果として元就の逆鱗に触れてしまったのだと思われる。
違うのに。そうでない。哀れむなど出来る筈ない。そんな事する必要性が無いのだから。伝えたいのはただ。

ただ――


「私風情が元就様の図星を突くなど・・・恐れ多いことです」

ありえない。苦い笑みを浮かべては首をゆるゆると横に振った。浮かべたその笑みがまるで儚く映る。
は己の感情を隠すことが驚くほどに上手い。年の功と称するにはまだまだ彼女は若過ぎるのだけれど。
だがそのが元就に関しては惜しみもせず浮き沈みを見せる。何とも意外な姿に三人は言葉に詰まる。



カタン...

再び牢に人が訪れる気配を察して4人は顔を上げた。そこに佇んでいたのは意外にも長男の隆元だった。
いつもと変わらない様子であるが纏う空気はどこか張り詰めている様な気がした。あくまで直感でしかない。
「・・・隆元兄様?」。隆元の違和感を察した隆景が訝しげな表情で名前を呼んだ。隆元がふと視線を向ける。


「お前達も居たのか・・・」

困った様子で肩を竦めながら隆元が三人を見遣り呟く。此処に来たという事はに用があるという事だ。
だが予想外・・・否、想定内ではあるとはいえ弟達が来ていた。だとするとこの話題は少しばかり出し難い。
結局は父を慕って、にとても懐いている元春と五龍と隆景だ。今回の話はおそらく猛反対する事だろう。

しかし、だ――。



「親父殿に会いに行ったんだろ?」

どうだったんだ、と、元春が問い掛ける。沈黙を押し通した五龍のその視線も促すように隆元を捉えている。
暫らく考え込む様に隆元は黙する。そして覚悟を決めたように息を吐いてこくりと頷く。どう切り出すべきか。


確かに今し方、父、元就の元を訪れて来た。そして、告げられた信じられない言葉に憤りを感じたのである。
同時に遣る瀬無い思いが募った。自分を見上げる常盤色の瞳はある種どこまでも無防備であるように映る。
この瞳は常に主君である元就に向けられており、そして、常に主君の傍に在った。真っ直ぐに慕い続けた。

果たしてそこに思慕の情があるのかは知れない。そこまで自分が踏み込む権利も無ければ必要性もない。
何れにせよが元就を主君として揺ぎ無い忠誠心を誓っているのは確かなのである。そうだというのに。
元就は役に立たない駒は必要ないと言う。揺さ振りの言葉にも動じずに好きにせよとはっきりと言い切った。


(・・・父上にとって殿は駒でしかないのだろうか)

ふと思い返して吐息

あの時は怒りの感情に任せて「貰い受ける」と啖呵を切ってしまった。確かにあの言葉は偽りでは無かった。
ほどの器量を持つ女ならば傍に置いて不足は無い。戦場に出る必要もないのだから手元に置きたい。
だが果たして彼女自身がそれを望むのだろうか?答えはおそらく否だろうと思われる。隆元とて鈍くは無い。

彼の詭計智将の嫡男であり毛利家の跡継ぎとして、否、天性の素質としても隆元は聡明な若者だと言える。
規格外れの弟妹達を持ったが故に影に隠れやすい存在ではあったけれども。だが彼は人並み以上に鋭い。
友人の様に今までと接して来た。年も近くて同年代の弟を持つ存在として長く交友を深めて来たのだ。
言葉を重ねるうちにある程度という人間を少なからず知ったつもりだ。だからこそ言える。は――。



殿」

静かにに呼び掛ける。隆元の声にはゆっくりと視線を上げて「何でしょうか?」と首を傾げ尋ねた。
直感に近いが何と無く良い話ではないような気がした。毛利兄弟らの言葉は自分を案じてくれているらしい。
事の実態は分からないが元就と謁見して話を聞こうとしたのだろう。だがきっと元就は己の心を漏らさない。

それは長く傍に仕えたが一番理解しているだろう。毛利元就という人はとても不器用な人なのだから。
確かにそれは一見すると淡白で冷たい印象を受けるかも知れない。しかし、誰よりも心の優しい人なのだ。
同時に自身を律する事に長けている人。不用意に己の心を晒したりはしない。彼を理解するのは彼だけだ。


「・・・・・・」

心がほんの少し弱っているのかも知れない。思考して辿り着く答えはいつも愛想尽かされたという事だけだ。
詰まる話、自分はもう必要ないと判断された。それだけは事実である。は困った様に笑みを浮かべた。
できれば認めたくない事実に苦い思いが募る。ならば自分は誰に仕えたら良いか、どこに行けば良いのか。

――分からない。

まるで胸にぽっかりと穴が開いたみたく空虚だ。


「その、殿さえ良ければ・・・私の侍女になりませんか?」

どう持ちかけるべきか悩んだ。しかし、どう頭を回転させても上手い言葉が出て来ない。ならば直球だろう。
発したその言葉に驚愕したのはでなく、むしろ傍らで話しを聞いていた元春や隆景や五龍の方である。
まさかあの大人しい兄がこうも大胆な発言を口にするとは誰も思わない筈。は困った様に肩を竦めた。


有り難い言葉だろうと思う。主君に捨てられて行く宛て無い自分を拾ってくれると言う存在が居るのだから。
しかし、それをどうしても素直に喜べない。確かに隆元は温厚で出来た人間性を持つ好感の持てる青年だ。
まるで友人であるかのように自分に接してくれる隆元に仕えられるならばある意味、現状よりも幸せだろう。

だが、それでもやはり違うのだ。胸中で燻り続けるこの気持ちは恐らくあの流離いの日々と同じ感覚なのだ。
今まで出会った数多くの武将たちの中には人として優れた器を持ち好感の持てる人柄の者がたくさん居た。
声をかけられた事が無かったわけではない。だが、それでも一度たりともその誘いを受けた事は無かった。
馬鹿みたいに唯一つの光に拘って、他のものに目を向ける事が儘ならない。あんなにも高飛車な人なのに。


どうして――



「・・・申し訳御座いません隆元様。私の主君は一人と決めております故」

そのお話はお受けできません。

その一言に再び衝撃を受けた。先程から完全に壁の花と化している三人は驚き顔で二人を交互に見遣る。
小さく目を見開いた隆元だったが直ぐに「そうですか」と、穏やかに笑う。あくまで回答は予想の範疇だった。
申し訳なさそうに眉を下げるに「そんな顔をしないで」と宥める。最初から分かっていた事のなのだから。
むしろ回答にほんの少し安堵した。の主君は唯一にして無二、きっとこれから先も決して変わらない筈。

氷の面、詭計智将、日輪の申し子――数多の字を持つ中国の覇者、毛利元就のみだ。


どうして自分は毛利元就でなければならないのだろう。そもそも、誰かに仕えようと思う方がおかしいのだ。
は現代に生まれて普通に暮らして来た。奴隷なんて単語とは、おおよそ無縁の場所に居た筈なのだ。
なのに何故。屈辱的な言葉は勿論、何度も理不尽な命を申し付けられた。なのに、帰る場所はいつも一つ。
否、"帰る場所"ではなくて、"帰りたいと願う場所"はいつだって一つしか浮かばない。傍に居させて欲しい。

あの眩い程の鮮明な光に見惚れてしまった。そして傍で輝き続けるその存在に酷く焦がれてしまったのだ。
だから、何時の間にかその光を失いたくないと願う様になった。その太陽のような光を放つ人を護りたいと。
否、護れるなんて傲慢な願いは抱かない。だがせめて傍に。傍に居て自分がその盾となり矛となれるなら。

――それで良いと思った。


「しかしよ、父上がそなたを必要とせぬ今・・・「ならば、そのまま朽ちるだけの話」」

元就が必要ないと言い切った今、その発言は正気の沙汰とは思えない。堪らずに五龍が口を挟んで言う。
だがそれを言い切るよりも先にはふわりと柔和に微笑んでそう言葉を紡いだ。そこに迷いの色は無い。
戸惑いや後悔。躊躇う様子すら見受けられない。は己の決断に微塵の後悔も抱いていないのである。

「もとよりこの命は元就様に拾って頂いた物・・・私にとっての主君は唯一、元就様だけです」

その常盤色の瞳はどこまでも澄んでいた。まともに向き合っていた五龍が小さく固唾を呑み込んだ。強い瞳。
この双眸に宿る確固たる意志は崩せないだろうと思った。どこまでも澄んで濁る事を知らない真摯な眼差し。
感情をこんな風に見せたを初めて見た。が、同時にその目は酷く憂いを帯びて綺麗だと五龍は思った。

それはまるで光に似ていた――。


「・・・折角の御心を無碍にして申し訳御座いません」

最後には申し訳なさそうに肩を竦めてにが笑う。発したその言葉に隆元はふるふると首を横に振った。
それは謝罪を必要とする事ではない。この件は隆元が勝手に持ちかけた話であり断ったに非は無い。
隆元の物腰穏やかな態度には居た堪れない気分に陥る。折角の好意を無碍にしてしまったのだから。



「「「「!!」」」」

不意に牢内を取り巻いた息も詰まる覇気に隆元、元春、隆景、五龍は顔を見合わせた。何度目の驚愕か。
おそらくというべきか、背後に佇んでいるその人物は自分達のよく知る人であるのは確かである。何よりも。
驚いたの顔が全てを物語る。彼女にこんな顔をさせるのは一人しか居ない。そしてそれは父である人。

「か・・・斯様な場所に参られては「此処で何をしている」」

まさか訪れるとは露ほどにも思わなかったその人物に戸惑いを隠せない。は慌て膝を付き頭を垂れた。
動揺しつつも言葉を紡ごうとするが、それを無視して元就は息子らと娘を一瞥した後、冷やかに吐き捨てた。
何の感情も含まれないその声に子供達が小さく肩を揺らして反応する。無意識だがぴりぴりしている様だ。

「父上。此度の件を伺いたく可愛は戻って参りました」

父の覇気に圧倒されながらも、何故こんな状況になったのかと果敢にも五龍が問う。似た顔が二つ並んだ。
五龍と元就が似ている事は今更だが何とも言えぬ不思議な感覚に陥りそうになる。二人の遣り取りを見る。
真っ向から自分を見据える娘の姿に元就は冷やかに視線を返した。そして、フッと視線を逸らし口を開いた。

「そなたには関係無きことよ」

吐き捨てた言葉は素っ気無く、その響きは実の娘に向けるようなものではない。酷く冷めた声に目を剥いた。
反論の言葉を切り返そうとするが今までにない淡白な声に五龍は思わず言葉を失う。頭が上手く働かない。
言葉に詰まった五龍は苦し紛れに元就を睨みつけた。だが既に元就の視線は五龍を捉えてはいなかった。

その怜悧な瞳が捉えるのはひとり――


「元就さ「貴様は付いて参れ」」

無礼など今更。一つや二つ重ねたところで気にはならない。主君の実の娘にあるまじき言葉に声をあげる。
しかし、それを言い終えるよりも先に元就が口火を切った。「話がある」と、一言。そして無言で踵を返した。
一瞬、何の事かとは目を剥いた。刹那、続けて「我を待たせるな」と、苛立ちを含んだ声調で言われる。

は慌てて立ち上がると元就の後を追った。擦れ違いざまに隆元と目が合ったが隆元は何も言わない。
何も言われない事が逆にほんの少しの罪悪感を募らせた。だが確かに心躍った事実を偽る事はできない。
はさっと視線を逸らして小走りで元就に付き従う。その背を見送る隆元は肩を竦めて苦笑を浮かべた。


「・・・これで解決するかな?」 「さあな。抉れなきゃいいけどよ」
「虚けどもめが。その様な失態を父上やが犯す筈無かろう」

二人を見送った後、残された子供達は盛大な溜息を漏らし各々好き勝手に言葉を発する。ようやく終わる。
ここまで来れば後は解決するだけだろうと安堵する。しかし五龍は父の態度が気に入らないのか不機嫌だ。
そんな彼女の頭に掌を乗せて隆元は「大丈夫だ」と、穏やかに微笑んだ。五龍は少し顔を上げて見遣った。

「・・・良かったのですか?兄上」

何が、とは言わない。どこか寂しげな兄の顔を見上げて五龍は一言そう尋ねた。隆元はこくりと頷いて笑う。
これで良かったのだ。これでギスギスした雰囲気が消えるのだから。そう考えてみると自然と笑みが漏れた。
毛利元就は兄弟らの父であり、この毛利家の当主である。はその僕であり毛利家に不可欠な存在だ。
あの二人が揃っていなければどうにも調子が出ない。うんざりする程見慣れた光景なのだから。日常風景。

理由は結局分からないままだったが、それでも元の鞘に収まるというならばそれ以上に嬉しい事は無い筈。
自分達には踏み込めない領域。否、きっと知る事は叶わないだろう絆があの主従にはあるのだろうと思う。

ならばせめて。

見慣れた関係に戻ってくれたならばそれ以上は願わない。むしろそれが自分達にとって望ましいことだから。
毛利家に平穏な日常生活が戻る事を切に願う。もうあんなに殺伐とした雰囲気を纏う我が家なんて御免だ。
心休まり、自分達の帰る場所なのだからせめて和やかであって欲しい。騒ぐ兄弟らの中央に居るのは父だ。

そして、その傍らに居るのは――・・・・。


「・・・嘘吐きな方だ」

過るのはこちらを見つめたの顔。肩を竦めて苦笑し小さく息を漏らした隆元は誰に言うでなく小さく呟く。
そして、自嘲する。ぼんやりとした明りの灯る薄暗い牢の中で天井を仰ぎいだ。やはり自分には掴めない。



彼女が追いかけてるのはいつだって一人だけ。

2010年4月以前 脱稿